浅田真央の父親が逮捕?職業は?ホスト?母親は?画像は?消費者金融への返済?

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2015年末のフィギュアスケート全日本選手権で、3位表彰台を獲得した浅田真央さん。

SPで5位と出遅れ、FSでもジャンプを失敗するなど納得の演技ができず、演技終了後にガックリと肩を落とす姿に驚いたファンも少なくなかったのではないでしょうか。

1年間の休養後の全日本選手権出場で、様々なプレッシャーの中での演技だったので、気張りすぎてしまったのかもしれません。

今回は、そんな国民的フィギュアスケーター、浅田真央さんの父親に注目してみました。

浅田真央

本名    浅田真央(あさだ まお)
生年月日  1990年9月25日(25歳)
出身地   愛知県名古屋市
身長    163cm
体重    47kg
所属クラブ 中京大学


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浅田真央の父親が逮捕?職業は?ホスト?

2015年5月18日に、公式ブログにおいて現役復帰を表明した浅田真央さんが、スキャンダルに襲われました。

それが、浅田真央さんの実の父親のDVの末の傷害罪逮捕報道です。

この件を報道した「週刊新潮」(新潮社)2015年8月6日号によると、2011年12月、妻の浅田匡子さんが死去した後、父親は50代女性と交際を始めました。

しかし父親は、次第にこの交際女性に暴行を振るうようになり、遂に2015年5月22には、壮絶な暴行の末、警察に通報され、翌日には逮捕されたそうです。

「『浅田真央』復帰を邪魔する『実父』女性暴行逮捕の被害届」と題された記事には、交際女性による赤裸々な暴行の様子が綴られています。

5月22日23時頃、父親にかかってきた別女性からの携帯電話を巡り、2人は諍いになりましたが、父親は壮絶なDVを交際女性に振るい始めたといいます。

「彼は立ち上がり、振りかぶった平手を私の頭上に思いきり叩きつけたんです。痛くて、私が『何すんのよ!』と言うと、『うるせんだよ!』と、今度は私の脇腹からお腹のあたりを、2、3回突き蹴りしてきました」

「(その後も)私は首をつかまれて突き飛ばされ、よろけたところを髪を引っ張られて頭を振り回され、顔や頭や腹を足で何度も蹴られ、再び髪を持って引きずり回された後、ソファの横に叩きつけられ、上から蹴られました」

そのため女性は警察に通報し、その後、病院に緊急搬送されたという。

当初は容疑を否認していた父親だが、その後、罪を認め略式起訴による30万円の罰金が確定したそうです。

日本中から愛される浅田真央さんの父親による驚きのDV逮捕劇ですが、記事には真央パパの意外な過去も明らかにされています。

それがホスト歴と3度の逮捕歴です。

浅田真央さんの父親の職業は、なんと元ホストだったのです。

浅田真央さんの父親は、ホストクラブでホストとして勤務した後、独立し、ホストクラブなどを経営するなどして、浅田舞・真央姉妹のフィギュア生活を支えますが、傷害罪などで、3度の逮捕歴があるというものでした。

衝撃的な実父の傷害罪逮捕報道。

しかし、このような逆風もなんのその、浅田真央さんは現役復帰をはたします。

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母親は?画像は?消費者金融への返済?

浅田真央さんの父親の名前は、浅田敏治さんといいます。

ホストクラブでの源氏名は、沢村翔。

名古屋市内の通称「女子大小路」と呼ばれる一角で、浅田真央さんの父親の浅田敏治さんは、売れっ子ホストとして知られた存在でした。

浅田敏治さんは、小学生の頃に父親が死去。

繁華街で働いて、家計を支えてきた苦労人だそうです。

2011年12月に早世した浅田真央さんの母親である浅田匡子さん(享年48)も、若くして両親を失っている。

浅田匡子さんは、その姉と2人で、それこそ身を削るような努力で生計を立ててきた女性です。

青春を犠牲にして働いた男女は、夜の街で出会い、やがて結ばれた。

後の天才少女が生まれたのは、1990年9月25日。

宝塚ファンの父親は、トップスター大地真央にちなんで「真央」と命名しました。

母親には家庭の事情で諦めた夢がありました。

プロのバレエダンサーになる。

その夢を託すように、娘の真央さんには、3歳からバレエを習わせました。

「真央ちゃんが初めてリンクに立ったのは、5歳の時。足腰が鍛えられてバレエが上達する。そう考えて匡子さんは、フィギュアを学ばせたのです」(浅田家の知人)

あくまで「バレエのためのフィギュア」で、浅田真央さんはメキメキと頭角を現していく。

小3で全日本の新人発掘合宿に招集されます。

この子を金メダリストに育てる。

両親も腹をくくった。

バレエ教室をやめ、放課後は母親の車で大須のリンクに移動し、連日5時間の猛練習。

スケート優先の生活で学校を休む日も増え、同級生と遊ぶ時間もなくなった。

しかし、フィギュアスケートは、とてもお金のかかるスポーツです。

コーチの指導料、有名クラブの登録料、衣装代、遠征費……。

1年で大手企業の会社員の年収分が、軽く吹き飛んでしまいます。

しかも姉の浅田舞さんも、国内トップ級のスケーターでした。

浅田真央さんの姉の浅田舞さん。

とってもお綺麗な方ですね。

独立した父親の経営店は大繁盛だったが、姉妹の育成費を捻出するのは至難のワザでした。

名古屋市名東区の住宅街にある浅田家の登記簿を見ると、資金繰りの厳しさがうかがえます。

浅田真央さん誕生の翌年に、3階建ての住居を新築。

父親は、そのローンを抱えながら、2005年8月に土地建物を担保に差し出し、大手消費者金融からお金を借りました。

極度額は1300万円に上りました。

2005年12月に15歳でGPファイナルを制して以降、浅田真央さんは、年4~7社とCM契約を結び、出演料は1本4000万~6000万円とされます。

年間1億円以上を稼ぐ、国民的アイドルとなった頃、父親は密かに夜の仕事から離れました。

浅田姉妹を支えた父親の浅田敏治さんは、どんな人物なのでしょうか。

180センチ近い長身、ロマンスグレーを横分けにした風貌は歌手の玉置浩二を彷彿させます。

運転するトヨタ車の助手席にはサングラスに深紅の口紅、黒ずくめで大人っぽい衣装の浅田真央さんを乗せていました。

直撃取材は、真央さんの女性マネージャーに制止されましたが、父親の娘へのまなざしは柔和そのものでした。

消費者金融の根抵当権が外れたのは、2007年4月、住宅ローンの完済は、2010年9月のことだったようです。

娘の稼ぎは育成に投資し、返済は後回しにした結果でした。

消費者金融から莫大な借り入れをしてまで、娘達の将来に賭けた両親の心意気。

国民的アイドルとなった娘の姿は、両親の目にどのように映ったのでしょうか。

以上が、国民的フィギュアスケーター浅田真央さんの父親に関する特集でした。

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