横山裕の母親の命日は?死因は?告別式はメンバー全員参列?画像は?性格は?

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関ジャニ∞の横山裕さんと言えば、2015年の7月に、日本テレビの水卜麻美(みうら あさみ)アナとの密会を「週刊文春」(文藝春秋)にスクープされてました。

横山裕さんは、水卜麻美アナとの結婚も視野に入れていたようですが、最近になって水卜アナのほうが身を引く形で破局してしまったという噂があります。

大人気アイドル・関ジャニ∞の横山裕さんと、オリコンの「好きな女性アナウンサーランキング」で2年連続1位に輝いた水卜麻美アナの交際は、好意的に捉えられていたので、残念な結果となってしまいました。

今回は、そんな横山裕さんの母親についてクローズアップしてみました。

横山裕(よこやま ゆう)

本名   横山侯隆(よこやま きみたか)
生年月日 1981年5月9日(34歳)
出身地  大阪府
身長   176cm
血液型  A型
事務所  ジャニーズ事務所


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横山裕の母親の命日は?死因は?

関ジャニ∞横山裕さんの最愛の母親が急死されたというニュースが報じられたのは、2010年5月22日発売のスポーツ報知でした。

死因は虚血性心疾患で、50歳という若すぎる死でした。

記事によると、横山裕さんの母親が亡くなったのは、2010年5月16日の午前のことでした。

なので、横山裕さんの母親の命日は、2010年5月16日という事になります。

関係者によると、横山裕さんの母親は16日朝、地元・大阪で近所のスーパーマーケットに買い物に行った際、店内で倒れ、すぐに救急車で搬送されましたが、病院に到着した時には、心臓が停止している状態でした。

懸命の治療が施されましたが、同日午前11時51分に死亡が確認されました。

横山裕さんは、母親が亡くなった当時、全国14カ所を巡るソロコンサート「横山YOUがヤッちゃいます~3 2010春」の真っ最中でした。

母親が急死した当日は、午後4時から青森市民会館公演を予定していました。

大きな持病もなく、亡くなる前日まで元気だったそうで、突然の訃報に横山裕さんは大きなショックを受けたものの、「仕事に穴は開けられない」として、予定通りに出演されました。

「いつもの公演と同じように、楽しいステージとMCで会場を盛り上げてくれていたんです『オニギシ』を歌う前くらいから、ヨコの言葉がなんとなくつまるようになって。

いつになくまとまりがないまま『聴いてください、オニギシ。』とだけ言って、客席に背を向けちゃったんです」(青森公演に参加したファン)

この「オニギシ」という曲は、関ジャニ∞内ユニット「三兄弟」による名バラード。

横山裕さんが作詞を担当し「女手ひとつで育ててくれたお母ちゃん」との愛情あふれるエピソードが、等身大の言葉で綴られています。

「歌の途中で『お母ちゃん、ボクは何してあげられた?優しかった?もっと一緒に笑いたかったな。でももうそれも遅いんやな……』ってセリフがあるんですが、そのあたりからヨコが泣いて歌えなくなっちゃって。

客席からの声援を受けて、なんとかまた歌い始めたんですが、すごく苦しそうでした。結局、最後の最後までスクリーンの方を見たまま歌ってましたね。

2010年4月頭の大阪公演の時、ヨコのお母さんが会場に来ていて、ヨコが『反抗期のまま来てしまったから、(面と向かっては)よう言わんから言いますけど……元気でおってくれたら、それでいいです』

って言って『オニギシ』歌いながら泣いちゃったって話を聞いてたから、てっきり今回も感動の涙かと思ってました。今思うと胸が張り裂けそうです」(同)

最愛の母親が亡くなった当日も、仕事に穴は開けられないと、気丈にソロコンサートに出演された横山裕さんのプロ根性には、頭が下がります。

母親への感謝の気持ちが満載の「オニギシ」を歌うのは、とてもつらかったと思います。

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告別式はメンバー全員参列?

青森市民会館でのソロコンサート終了後、翌日に青森で予定されていた「関ジャニ∞のジャニ勉」(関西テレビ)のロケを休んで帰宅し、通夜に参列したという横山裕さん。

5月18日の告別式には、関ジャニ∞のメンバーが全員参列し、横山裕さんの母親の死を悼んだそうです。

ジャニーズ公式携帯サイト「Johnny’s web」内の連載「よこやまゆうのにっき。」には、5月17日から19日まで、毎日のようにファンや仲間へ向けての「ありがとう」という言葉が見当たり、5月22日には「いつも心のなかに。俺はいつまでも、これからも子供。いつまでも、これからも長男。頑張るを頑張る」「なんだってできる。なんだってやってやる。ちゃんと見ててや」と母に誓うように、メッセージが綴られました。

以前から、ことあるごとにお母さんをネタに笑いをとってきた横山裕さん。

その為、ミナコさんの名前はメンバーやファンの間でもお馴染みで、今回のソロコンサートのMCでも「今度、韓国旅行をプレゼントしてあげたい」と語るなど、その愛の深さは皆が知るところでした。

その後、5月19日からは「ジャニ勉」の収録に参加、ラジオ「レコメン」(文化放送)、PV撮影などの仕事を通常どおりにこなし、22日は愛媛、23日は広島。29~30日は名古屋とソロコンサートを続けた横山裕さん。

「ボクは”頑張る”を精一杯ガンバっているよ」

「オニギシ」の歌詞にもあるとおり、皆に夢を与えるアイドルとして、悲しみを隠して精一杯仕事に臨む彼の姿を、ミナコさんも天国から誇らしげに見守っていると思います。

母親の告別式に全員参加してくれた関ジャニ∞のメンバー。

今後も仲間との絆を大事にして、芸能界で活躍してもらいたいです。

画像は?性格は?

また母親のミナコさんの性格について、横山裕さんが朝日新聞のインタビューで語っています。

「おかんの性格は適当だけど心配性。めちゃくちゃ何回も電話してくる。
僕が電話してくるなと言うので、もうだいぶ減りましたけど。
でも、やっぱりね、できるときに何かしてあげな、と思います。
おばあちゃんやおじいちゃんが亡くなって、一層そう思うようになりました。
コンサートを見に来ることが楽しみであれば、来てもらって楽しんでもらえればいいなって。体にだけは気をつけてほしいと思っています。」

朝日新聞のインタビュー記事からも、横山裕さんが母親のミナコさんの事を、とっても愛していたというのがわかりますね。

関ジャニ∞・横山裕さんの母親についての特集でした。

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