阿川佐和子の父親が、介護の為に入院した病院は?大塚宣夫医師とは?

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作家として、インタビュアーとして、幅広く活躍する阿川佐和子(あがわ・さわこ)さん。

そんな阿川さんの父親は、小説家・評論家として有名な阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さん。

阿川弘之さんの長男の阿川尚之(あがわ・なおゆき)さんは法学者。

阿川佐和子さんは、阿川弘之さんの長女となります。

阿川弘之さんは、作家としての主要作品は、戦記文学や記録文学です。

そして、志賀直哉さんの最後の内弟子として薫陶を受け、その文学上の後継者とされています。

今回は、阿川佐和子さんの父親である阿川弘之さんについて、注目してみました。

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阿川佐和子の父親が入院した病院はどこ?

阿川佐和子さんといえば、ベストセラーとなった「聞く力」や「強父論」の著者として有名ですよね。

そんな阿川佐和子さんの父親である阿川弘之さんの職業は作家。

志賀直哉さんに支持して小説を書いていました。

主な著作としては、「春の城」「山本五十六」「志賀直哉」「食味風々録」などがあります。

そんな阿川弘之さんですが、晩年には介護が必要となりました。

そんな介護の日々は、阿川佐和子さんの著書「強父論」に詳しく綴られています。

弘之さんが90歳を迎えたときに、自宅で転倒して緊急入院。

さらにそこで誤嚥性肺炎を発症してしまいました。

この誤嚥性肺炎は、1ヵ月で奇跡的に回復。

しかし、その頃から佐和子さんの母親に、認知症の兆候が出始めます。

認知症が進行する妻と二人で暮らすのは難しいとの判断から、弘之さんは、老人専門の病院に転院し、そこで入院生活を送ることになりました。

その転院先の病院が、高齢者医療の第一人者である大塚宣夫(おおつか・のぶお)医師が開設したよみうりランド慶友病院です。

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大塚医師が開設したよみうりランド慶友病院の特徴は?

阿川佐和子さんの父親である阿川弘之さんが転院した病院は、東京都稲城市にあるよみうりランド慶友病院。

よみうりランド慶友病院は、青梅慶友病院での4半世紀を超える高齢者介護・医療の経験をもとに、2005年春に開院した病院です。

大塚医師は、「自分の親を安心して預けられる施設にしたい」という思いから、ユニークな老人病院作りをされています。

当初は老人施設を毛嫌いしていた、弘之さんでしたが、大塚先生の病院のご飯の美味しさに胃袋を掴まれ、入院に納得。

弘之さんは、普通に食事ができるようになると、今度は「鰻が食べたい」言い出したそうです。

佐和子さんが、ダメもとで大塚医師に相談すると、あっさりOK(笑)

「いいですよ。好きなものはすんなり喉を通ります」と笑顔。

さらに、弘之さんの要求がエスカレートして、「晩酌がしたい」と言った時も、「どうぞご自由に」と快諾(笑)

食べることは人間の最後まで残る楽しみ。

生きる楽しみを最優先して、原則自由な入院生活を送ってもらうというのが、大塚医師の方針なのだそうです。

阿川佐和子さんの父親がよみうりランド慶友病院を気に入った理由

やや気難しい阿川弘之さんですが、こちらのよみうりランド慶友病院をたいそう気に入っていたそうです。

職員さんの対応のよさはもちろん、病院食がおいしく、お酒も飲め、外出もできるという自由な環境。

そんな環境は、弘之さんにとってとても快適だったのかもしれません。

しかし、入院が長期化するにつれ、弘之さんはさすがに病院食にちょっと飽きてきてしまったそうです。

そこで、娘の佐和子さんが考えたのが、週に1度の母親との見舞いの時に、鍋料理を作ること。

病院の許可をもらって、病室内に電磁調理器を持ち込んで、すき焼きをしたりしたそうです。

「味が濃い」だの「安い肉を食わすな」だの、文句を言いながらも、弘之さんはとても喜んでくれたそうです。

残念ながわ阿川弘之さんは、2015年8月3日に94歳で、こちらの病院で最期を迎えました。

ちょっと気難しいところがあった弘之さんですが、幸せな入院生活を送らたのかもしれませんね。

以上、阿川佐和子さんの父親である阿川弘之さんについての特集でした!

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