浅野忠信の母親の職業は画家でハーフ 祖父はアメリカ人で祖母は元芸者

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インスタグラムに、現在出演中のフジテレビ系ドラマ「刑事ゆがみ」に関連した写真を多数アップしていることが話題となっている俳優の浅野忠信さん。

浅野忠信(あさの・ただのぶ)さんの本名は佐藤忠信といい、神奈川県横浜市南区出身です。

実は母親の浅野順子さんがアメリカ人の父親と日本人の母親のハーフなので、忠信さんはクォーターということになります。

祖父がアメリカ人ということになり、忠信さんは幼少の頃は金髪だったため、よくいじめられていたそうです。

今回は、神木隆之介さんとの共演中のドラマ「刑事ゆがみ」が話題の浅野忠信さんの母親に注目してみました。

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浅野忠信さんの母方の祖父はアメリカ人

浅野忠信さんの母方の祖父は、ウィラード・オバリングさんというアメリカ人ですが、忠信さんは会ったことがないそうです。

理由としては、忠信さんの母親である浅野順子さんが、4歳の頃に祖父はアメリカに帰国してしまい、祖母と母親は日本にそのまま残ったためです。

祖父であるウィラード・オバリングさんは、戦後進駐軍の一員として来日し、忠信さんの祖母と出会いました。

母親の順子さんは、幼いころに祖父と祖母が片言の英語でしゃべっていたので、自分のルーツにインディアンの血があると勘違いしていました。

しかし、実際にはインディアンの血は家系にはありませんでした。

祖父の父親であるジェイコブさんはオランダ系、母親であるエラベルさんはノルウェー系だったそうです。

祖父のウィラード・オバリングさんの生い立ちを追ってみると、1929年の世界恐慌で、実家が困窮。

そして、15歳の時に第2次世界大戦が勃発し、18歳で陸軍に入隊します。

料理兵であった祖父はその後、ケンタッキー州の基地に配属されました。

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浅野忠信の祖母は元芸者で祖父よりも15歳年上

浅野忠信さんの祖母は、お名前を浅野イチ子さんといい、生後まもなく旧満州の大連に移住し、そこで父親が営む芸者の桶屋で芸者への夢を抱いていました。

祖母のイチ子さんは、あじあ号に勤めていた廣松定さんという方と結婚しましたが、8年後には離婚しています。

イチ子さんは、ウィラードさんより15歳年上の38歳で、戦後大連から日本に戻りましたが、故郷の広島が原爆で壊滅したため、仕事を求めて上京しました。

祖父と祖母の出会いは、祖父のウィラード・オバリングさんに横浜への料理兵としての任務が与えられ来日したことがきっかけとなりました。

横浜で祖父は祖母と出会い、すっかり心を奪われてしまいました。

2人は結婚し、娘の順子さんに恵まれましたが、朝鮮戦争の勃発で祖父出動命令が出されてしまいました。

祖父が娘の順子さんと対面したのは、誕生から10カ月後でした。

その後、進駐軍が撤退を始めたので、祖父はアメリカに帰らなければならないと祖母に相談し、一緒にアメリカに行くことをお願いされました。

悩みに悩んだ祖母ですが、娘と一緒に日本に残り、祖父に渡米しないことを告げました。

そして、祖父は一人でアメリカに帰国しました。

アメリカに帰国した祖父は、再婚し64歳で生涯を終えました。

祖父が亡くなって19年後に遺品整理をしていたところ、財布の中からボロボロになった娘の順子さんの写真が見つかったそうです。

日本に残してきた娘のことを最後まで愛していたそうです。

浅野忠信の母親の職業は画家でハーフ

浅野忠信さんの母親でハーフ美人の順子さんは18歳で結婚し、1971年に長男の久順(ひさとし)さん、1973年に次男の忠信さんが生まれました。

忠信兄弟は、自由奔放な母親と整理整頓が得意で几帳面な父親のもと、横浜市で育ちました。

浅野忠信さんは父親については、「家でいつも調子が悪いと言っては寝てばかりいる」、母親は、「学校を休ませてドライブに誘う」と語っています。

浅野忠信さんの母親の順子さんは職業を画家をされていて、個展なども開かれているそうです。

息子である忠信さんが、才能あふれる方であるのは、母親の順子さんの影響があるのかもしれませんね。

以上、神木隆之介さんとの共演中のドラマ「刑事ゆがみ」が話題の浅野忠信さんの母親特集でした。

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