田畑智子の実家は祇園の老舗料亭「鳥居本」 母親は京都NO.1の美人芸妓だった

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2017年9月12日、交際7年目にして、ついに結婚の意思を固めたことが明らかになった女優の田畑智子(たばた ともこ)さんと俳優の岡田義徳(おかだ よしのり)さん。

田畑さんは現在36歳で、岡田さんは4歳年上の40歳です。

田畑さんと岡田さんは、数カ月前から都内にある田畑さんの自宅マンションで同棲を始めているそうです。

岡田義徳さんは取材に対して、来年早々の結婚に向けて動き出しているということを語りました。

岡田さんは、すでに田畑さんのご両親にも挨拶をして、結婚する意思があることを伝えているそうです。

今回は、実家が京都の老舗料亭「鳥居本(とりいもと)」である女優の田畑智子さんの父親&母親について注目してみました。

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田畑智子の実家は祇園の老舗料亭「鳥居本」

京都府京都市東山区出身の女優である田畑智子さんは、祇園の老舗料亭鳥居本(亨保年間創業)に生まれました。

聖母学院小学校、聖母学院中学高等学校から金光第一高等学校(現・金光大阪高等学校)に転学、卒業、龍谷大学文学部哲学科中退。

12歳の時、「カノックスフィルム」に所属し、1992年公開の映画「お引っ越し」の主演女優としてデビューし、新人賞を多数受賞しました。

京都にある実家の周辺には遊び場がなく、また老舗料亭だった事から元芸妓の祖母や両親から京都人として厳しく躾けられました。

トイレは夜間は客人と共用のために短時間で済ませ、家の中では「京言葉」と正座を常に求められました。

また、習い事も数多く経験し、卒業した学校(聖母学院・金光大阪)の校則も厳しいという甘えのない環境は上京するまで続きました。

当時は不満も大きかったようですが、時代劇で着物や作法に苦労しなかった時に初めて、祖母・両親へ感謝の気持ちを抱いたそうです。

「鳥居本」8代目の父親とはとても仲が良い

田畑智子さんの父親は田畑善規さん、母親は田畑洋子さんといいます。

田畑智子さんの実家は祇園にあり、もうすぐ創業300年になる老舗料亭「鳥居本」。

父親である善規さんは8代目になるそうです。

善規さんはテレビ番組のインタビューで、娘の智子さんについて、「舞台を見に行った時にお金を取る」「お酒を飲むとわけがわからない人になる」と答えています。

智子さんと善規さんは、とても仲がよく、ほとんど毎日連絡を取り合っているそうです。

そんな智子さんが父親の本格的な料理を最初に食べたのは、上京して自分で稼ぐようになってからだそうで、ちょっと意外な話ですね。

田畑智子さんは子供の頃は、日舞、水泳、ピアノ、絵画、三味線、英会話などたくさんの習い事をされていました。

芸能界デビューのきっかけは、映画「お引越し」の監督である相米慎二監督が自宅に来て、ちょうど12歳くらいの子を探していると言われて、そのままオーディションをして決まったそうです。

ご両親も特に反対することなく、芸能界入りを応援してくれて現在に至ります。

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母親は京都でNO.1の美人芸妓だった

田畑智子さんの母親である田畑洋子さんは、祇園「鳥居本」の女将ということになりますが、元々は京都でNO.1の芸妓(げいぎ)さんだったそうです。

「芸妓」とは、唄や踊り、三味線などの芸で宴席に興(きょう)を添えることを仕事とする女性の事をいいます。

この京都でNO.1の美人芸妓と超名店の若旦那が結ばれたことは、当時の祇園ではかなり話題になったそうです。

田畑智子さんの母親である田畑洋子さんの画像を見てみると、たしかに美人で、智子さんは母親似であるように思えます。

田畑智子さんはインタビューで理想の家族を問われた時に、「うちの家族が理想です」と答えたことがあります。

ご両親はとても仲が良くて、同じ職場で同じ布団で寝ていて、毎晩一緒に飲みにも行っているそうです。

智子さんは、目標の人物像に自身の母親の名前を挙げ、母としての強さや、人を見る力や人を立てる力やおもてなしの力が、すごく長けている人だと思うので、そういう女性になれたらと強く思いますと語りました。

「鳥居本」は亨保年間に初代・田畑與兵衛によって創業

田畑智子さんの実家である老舗料亭「鳥居本」。

鳥居本の味は、「祇園料理」と称する独特のもので、「祇園料理」と聞いただけでは、味わったことのない人にとっては、ちょっとわかりづらいものかもしれません。

その昔、中国料理が長崎に伝来し、それが卓袱(しっぽく)料理と呼ばれる独自の食文化へと進化しました。

卓袱は一つの卓、一つの大皿に盛られたものを、皆で取り分けて食する料理です。

元来日本ではこのような習慣はなく、各自が各々の膳のものを食べる風習でした。

つまり現今のすき焼きやなべ料理は日本古来のスタイルではなく、貿易港としての長崎に伝来した大陸や西欧の文化が、独自の様式に発展していった結果で、卓袱料理もその一つです。

「鳥居本」は、その卓袱料理を京風に改良して食べさせる店として、享保年間に初代・田畑與兵衛さんによっと創業されました。

「鳥居本」の名前は、創業当初、京の守護神・八坂神社の鳥居の近くに店を構えたことに由来します。

「祇園料理」という名は、長い年月をかけて歴代が工夫を凝らし、祇園の名にふさわしく洗練されていった結果、誰言うとなくそう呼ぶうようになったものだそうです。

以上が、実家が京都の老舗料亭「鳥居本(とりいもと)」である女優の田畑智子さんの父親&母親特集でした。

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