佐藤琢磨の父親の職業は凄腕の弁護士 悪性リンパ腫との壮絶な闘い!

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2017年5月28日にインディアナポリス・モータースピードウェイで開催されたインディカ―・シリーズ第6戦第101回インティ500。

8度目のインディ500に挑んだ佐藤琢磨さんが日本人初となる
インディ500制覇を成し遂げました。

佐藤琢磨さんにとって2013年ロングビーチ戦以来のインディカ―・シリーズ2勝目は、モータースポーツの歴史に名を刻む大きな1勝となりました。

佐藤琢磨さんといえば、2002年から2008年まではF1世界選手権に参戦。

2010年からは、インディーカー・シリーズに参戦中です。

個人的にも佐藤琢磨さんがF1に参戦して時に、よく放送を見ていて応援していたので、今回のインディ500を制覇して時のシーンにはとても感動してしまいました。

今回は、2017年のインディ500王者である佐藤琢磨さんの父親に注目してみました。

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佐藤琢磨の父親の職業は弁護士で母親は元舞台女優

佐藤琢磨さんは、1977年1月28日に東京都新宿区戸山で生まれました。

父親の和利さんの職業は弁護士で、母親の昭子さんは舞台女優をされていました。

佐藤琢磨さんの父親である佐藤和利さんは、琢磨さんがインディーカー・シリーズで2年目のシーズンを送っていた2011年6月15日に、残念ながらお亡くなりになりました。

琢磨さんは父親について、自分がF1ドライバーになる夢を志して以来、父は常にレースに対する最大の理解者でしたと語っています。

そんな父親の和利さんは、いつも穏やかな笑みを浮かべている、物腰の柔らかな優しい弁護士さんという雰囲気の人だったようです。

しかし、闘うべき相手と対峙するときは、切れ味鋭くとことん追求し、ほかの弁護士が思いもつかないような法理論と手法を編み出して交渉する凄腕弁護士でした。

こうした父親の姿は、物腰の柔らかい優しい雰囲気ながら、いざレースになると切れ味鋭い走りを見せる佐藤琢磨さんと重なるところがありますね。

父親のスピリットが琢磨さんに受け継がれているのでしょう。

34歳でがんを発病し壮絶な闘いが始まる

佐藤琢磨さんの父親の和利さんの高校時代のあだ名は「番長」。

その頃から、弱きを助け強気を挫く正義感だったようです。

そんな佐藤和利弁護士ですが、若い頃にがんを患い、壮絶な闘いをされました。

自らのがんと向き合いながら、弁護士であることを貫き通し、ついにはがんを克服した長い道のりがありました。

1983年12月、妻の昭子さんと一人息子の琢磨さんの3人で、和利さんはスキー旅行に出掛けました。

当時、和利さんは34歳。

27歳で弁護士を開業後、面倒見がよく、依頼者の要求を実現するためにとことん尽くす熱血弁護士として多忙を極めていました。

和利さんにとっては、久しぶりの家族旅行でしたが、スキー場での昼食後に身体に異変が起こりました。

猛烈な腹痛と黒い便、下血、明らかな異常でした。

病院で検査を受けて緊急入院した和利さんは、翌年の1月末に、胃を全て摘出、周辺臓器の脾臓も削除、すい臓は半分削除、食道と十二指腸を小腸を切ってつなげて胃にするという、8時間にわたる大手術をおこないました。

半年間の入院生活を余儀なくされたあと、弁護士に復帰。

その時に初めて、昭子さんから自分の病気が「悪性リンパ腫」であることを知らされました。

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悪性リンパ腫について徹底的に研究

絶望的な気持ちになった和利さんでしたが、必死で気力を奮い立たせ、自らの病気について勉強を始め、悪性リンパ腫の専門家といってもいいほどになりました。

和利さんは担当医師と治療法について徹底的にディスカッションし、そのがんと闘う姿勢は突出していたといいます。

その後、抗がん剤治療のため、入退院を繰り返し、7年間も続きました。

その間も和利さんは、がんと闘いながら弁護士の仕事を精力的にこなしました。

病室のベッドの上で裁判の準備書類を書き、公衆電話で仲間の弁護士と連絡を取り合いました。

そんな和利さんを支え続けたのは、明るい性格の妻の昭子さんでした。

そして、幼い頃からがんと闘う父親の背中を見てきた佐藤琢磨さんは、「1度きりの人生を自分らしく精一杯生きたい」と高校入学後、自転車のアスリートとなり、その後自動車レースに挑戦しF1に参戦するまでになりました。

父親の和利さん・母親の昭子さんご夫婦は、そんな琢磨さんの最大に理解者であり、支援者でした。

「琢磨は永遠のライバル。私も負けてはいられない」

生前、和利さんは息子についてそう語っていたそうです。

異常、2017年のインディ500王者である佐藤琢磨さんの父親特集でした。

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