松方弘樹の母親の水川八重子は可憐な女優だった 死因は「胃がん」

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2017年1月21日に脳リンパ腫(中枢神経系リンパ腫)のため、入院先の大学病院で亡くなった松方弘樹さん(享年74)。

松方さんは東京都出身で、時代劇スターだった近衛十四郎(このえ じゅうしろう)さんと女優の水川八重子(みずかわ やえこ)さんの間に長男として誕生しました。

明大中野校3年の1960(昭和35)年に父親が所属する東映入りし、同年「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」で主演デビュー。

その後、「昭和残侠伝」シリーズといった任侠映画から「仁義なき戦い」シリーズなどの実録路線、さらに「柳生一族の陰謀」を初めとする大型時代劇に出演、甘いマスクの二枚目スターとして活躍しました。

今回は、昭和の銀幕のスターであり、巨大なマグロを市仕留める釣り師としての一面も印象的な俳優の松方弘樹さんの母親に注目してみました。

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松方弘樹の母親は女優の水川八重子

松方弘樹さんは東京都王子区(現・東京都北区)出身で、本名は目黒浩樹(めぐろ こうじゅ)さんといい、父親、母親ともに俳優の一家に生まれました。

父親は時代劇スターだった近衛十四郎さんで、母親は女優の水川八重子さん。

松方弘樹さんの母親である水川八重子さんは、1918(大正7)年2月15日に、東京市浅草区(現・東京都台東区の東部)で生まれました。

本名は角西ヤエ子。

1935(昭和10)年に東京都台東区東上野四丁目にある私立高等学校である上野高等女学校(上野高女)を卒業後、大都映画(だいとえいが)に入社します。

大都映画株式会社は、1933年から1942年までの戦前から戦中にかけて、東京・西巣鴨に存在した映画会社です。

1942年に戦時統合で新興キネマと日活(制作部門)との3社が合併して、大日本映画(大映)となりました。

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時代劇の相手役として活躍 近衛十四郎さんと結婚

1935(昭和10)年に大都映画に入社した水川八重子さんは、同年「御存知猿飛佐助 後編」に脇役でデビューします。

「御存知猿飛佐助 後編」は、1935年8月8日に公開された白黒の無声映画で、主役の猿飛佐助を松山宗三郎さん、ヒロインの隠密雪路を三城輝子さんが演じました。

水川八重子さんは、デビュー以後、主に時代劇の相手役として可憐な姿を見せるようになり、売れっ子になっていきます。

1939(昭和14)年に軍隊から映画界に復帰した近衛十四郎さんの主演映画に助演し、その後も相手役をつとめ、1941(昭和16)年に近衛さんと結婚しました。

翌1942年に戦時統合で大映に吸収される大都映画の最後の作品となった佐伯幸三監督の「宮本武蔵決戦般若坂」に武蔵にふんした近衛さんと共演後、退社。

戦中戦後の10年間は、近衛十四郎さんと水川八重子さん夫婦は、大都映画の退職金2人分を投じて一座を結成し、日本国内各地を実演興行して回りました。

座員は大都映画から引き連れた俳優に、浅草の軽演劇から名うての役者を数名引き抜き、多い時には総勢50名近い大所帯だったようです。

その後、1953(昭和28)年に近衛十四郎さんの映画カムバック以後は芸能界を引退します。

他の出演映画に「曲斬り八天狗」「山岳悲歌・青春涙あり」「幕末剣豪陣」などがあります。

近衛十四郎さんと水川八重子さん夫婦の間には、1942年7月23日に長男の浩樹(のちの松方弘樹)さん、1947年8月15日に次男の祐樹(のちの目黒祐樹)さんが誕生します。

松方弘樹さん、目黒祐樹さんの2人の息子はともに俳優になったことで知られています。

水川八重子の死因は胃がん 58歳で亡くなる

水川八重子さんは1976(昭和51)年7月25日に58歳の時に亡くなりました。

死因は「胃がん」だったようです。

息子である松方弘樹さんは、ご自身のブログでご両親について綴ったことがあります。

それによると母親である水川八重子さんが亡くなってから、父親の近衛十四郎さんの落ち込みようは大変なものだったそうです。

近衛十四郎さんは、1976年には芸能界を事実上引退状態となりましたが、その理由としては健康状態に加え、この年に心の支えであった妻の水川さんが死去したことが大きく影響したと言われています。

妻の死後、生きる張り合いを失った近衛十四郎さんは、その直後から、それまで節制していた酒を浴びるように飲むようになり、趣味の釣り三昧の毎日となりました。

そして、1977年5月20日、息子の松方弘樹さんと釣堀「天国」でヘラブナ釣りを楽しんでいた最中に脳内出血で倒れ、近所の南丹病院に搬送されました。

22日夜からは昏睡状態となり、1977(昭和52)年5月24日午前1時55分、意識が戻らないまま近衛さんは息を引き取りました。

享年63歳。妻の水川さんの死去から10カ月後のことでした。

心の支えであった最愛の妻の死は、近衛十四郎さんにとってかなりショックな出来事だったのでしょう。

妻が亡くなったことで、近衛さんの中で何かがプツンと切れてしまったのかもしれません。

とても仲睦まじいご夫婦だったのでしょうね。

以上が、昭和の銀幕のスターであり、巨大なマグロを市仕留める釣り師としての一面も印象的な俳優の松方弘樹さんの母親特集でした。

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