稀勢の里の父親の職業は自営業?息子の初優勝に気の毒とコメント?

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大相撲初場所で14勝1敗の成績で初優勝した稀勢の里さん。

この成績により第72代横綱への昇進が決まりました。

日本出身力士の横綱の誕生は、1998(平成10)年の三代目若乃花さん以来、19年ぶりとなりました。

1月27日(金)に明治神宮で行なわれた横綱推挙式と奉納土俵入りは、約1万8000人の観衆が訪れました。

歴代新横綱の最高は貴乃花の約2万人でしたが、その日は土曜日。

平日最多だった初代若乃花の約8000人を1万人も上回る中、堂々たる雲龍型の土俵入りを披露しました。

今回は、久々の日本人横綱となってフィーバーを巻き起こしている稀勢の里さんの父親に注目してみました。

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稀勢の里の父親の職業や仕事は?

稀勢の里さんの父親である萩原貞彦さんは、現在は年金生活を送っているそうですが、どのような職業に就いていたのかは、今のところ公表されていません。

雑誌のインタビューなどで、稀勢の里さんが角界入りした時(2002年)には、「自分で商売をしていた」と答えていたという噂があります。

また、相撲専門雑誌の「大相撲」の2008年7月号では、稀勢の里さんの父親の職業は「会社員」とされていたという噂もあります。

高校卒業後は、普通に就職をされたようなので、普通のサラリーマンとして働いていたり、ご自身で商売をされていたこともあったのかもしれません。

父親の貞彦さんは、元アマチュアボクシング(ウェルター級)の選手でもあったそうで、その運動神経は、息子にも受け継がれているのでしょう。

一方で、貞彦さんは息子・稀勢の里の初優勝に関して、スポニチに手記を寄稿しました。

その手記では、微妙な親心を吐露し「おめでとう」と言うより「気の毒」という内容。

また、その手記の知的な文章は多くの方を感動させました。

父親の貞彦さんは「文武両道」の人物なのかもしれませんね。

現在はすでに年金生活をおくっているという稀勢の里の父親の萩原貞彦さん。

気になる貞彦さんのお仕事ですが、今のところはっきりとは明らかにされていません。

「自分で商売をしていた」「会社員だった」という情報が錯綜していますが、自営業をしていたり、会社勤めもしていたりという感じのようです。

稀勢の里の父親の年齢は71歳

大相撲初場所で初優勝を果たし、第72代横綱に昇進した稀勢の里さん(30)。

茨城県牛久市(うしくし)出身で、本名は萩原寛(はぎわら ゆたか)で愛称はハギ。

そんな稀勢の里さんの父親は萩原貞彦さん、母親は萩原裕美子さんです。

父親の萩原貞彦さんの年齢は現在71歳で、母親の裕美子さんは現在61歳です。

父親の貞彦さんと言えば、息子である稀勢の里さんが、初場所で優勝を決めた後、スポニチに手記を寄稿し、その内容が素晴らしいと最近話題になったことは記憶に新しい。

稀勢の里の父親の貞彦さんと母親の裕美子さんがご結婚されたのは、貞彦さんが39歳の時とやや晩婚でした。

そして、父親の貞彦さんが40歳の時に稀勢の里さんは誕生しました。

ちなみに、貞彦さんは、自分の父親が65歳の時に生まれてきたそうですで、「家系をたどると大器晩成型」と語ります。

30歳にして横綱となる息子に「人間的に誰からも尊敬されて愛される人間になってほしい」と期待し「言い訳をしない」昭和の大横綱を理想像としました。

その一方で、「これから大変だね。ご愁傷様というか…」とぽつり。

日本を背負うまでに成長した息子が少しばかり気がかりなようです。

新横綱となった稀勢の里の年齢は現在30歳。

父親の貞彦さんは現在71歳、母親の裕美子さんは現在61歳です。

稀勢の里さんは晩婚だった父親が40歳の時に誕生しました。

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息子の「嫁取り」に関するコメント

待望の綱取りに成功した稀勢の里さんは、1998年7月に横綱に昇格した3代目若乃花さん以来、19年ぶりの日本人横綱の誕生となります。

久々の日本人横綱の誕生とあってか、稀勢の里さんは一番人気の横綱になるでしょう。

そこで次にクローズアップされるのは「嫁取り」です。

既に年寄名跡「荒磯」を取得していて、引退後に親方となり相撲部屋を興せば、結婚相手が「おかみさん」となるだけに、なおさら注目度が高まっています。

父親の貞彦さんは、息子の「嫁取り」について次のようにコメントしています。

貞彦さんによると、稀勢の里さんは自分自身のことを「女性に関して不器用」と言っているそうです。

また、「相撲を取っている間は結婚をしない」とも言っているそうです。

なので、貞彦さんの息子の「嫁取り」についての予想は、自分と同じ39歳くらいになるのではないかというものです。

ちょうど引退するぐらいの時期になってしまうのではとのことですが、最近の稀勢の里さんのフィーバーぶりをみると、父親の予想よりも結婚が早いかもしれませんね。

ちなみに貞彦さんが考える、息子の嫁の理想形は「3歩下がって…」タイプとのことです。

息子である稀勢の里さんの理想のタイプも同じなのか気になるところですね。

横綱に昇進したことで、ますます世間の注目を集めそうな稀勢の里さんの「嫁取り」の話題。

新横綱は自身で語っているように、ちょっと「女性に対して不器用」なところがあるようです。

しかし、お相撲さんというのは女性に人気があるので、今後、急展開でのスピード結婚などもあるかもしれませんね。

中学・高校時代の級友や恩師のコメント

稀勢の里さんの父親である萩原貞彦さんは、10代の一時期を群馬県の桐生市(きりゅうし)で過ごしたそうです。

中学・高校時代の級友や高校時代の恩師などは、今回の稀勢の里さんの横綱昇進をとても喜んでいるそうです。

中学時代の同級生によると、貞彦さんは中学1年生のときに、転校してきたそうです。

父親の貞彦さんは、とても優しい人柄で力持ち、シャイな性格だったようで、息子の新横綱とそっくりだったとの事。

中学卒業後は、桐生市立商業高校(通称=桐商)に入学。

高校時代の友人や担任の教師などは、貞彦さんについて、次のようにコメントしています。

「体が大きく腕力もあった。明るくて出しゃばらず、運動能力も高かった」

「寡黙で力があり、骨太な生徒だった」

「仕草としい、余分なことを言わない性格といい、今思い返しても稀勢の里関によく似ていました」

1964(昭和39)年に桐商を卒業し、就職のため桐生を離れた貞彦さんですが、その後も桐生の仲間達との交流は続いているそうです。

父親の貞彦さんが10代の頃過ごした群馬県の桐生市の、中学・高校時代の同級生や恩師によると、貞彦さんと稀勢の里さんは、性格などがかなり似ているということがわかります。

現在でも、貞彦さんは桐生市の仲間達との交流があり、息子のことをとても応援してくれているようです。

以上が、久々の日本人横綱となってフィーバーを巻き起こしている稀勢の里さんの父親特集でした。

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