松方弘樹の父親は剣劇の看板スターの近衛十四郎 忘れられない一言とは?

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松方弘樹さんは時代劇スターの近衛十四郎さんと女優の水川 八重子さんの間に長男として誕生しました。

俳優の目黒祐樹(69)さんは弟です。

松方さんは歌手志望でしたが、明大中野高3年の1960年に東映入りし、同年「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」でいきなりの主演デビュー。

その後、スターへの階段を駆け上がりました。

今回は「柳生一族の陰謀」などの大型時代劇や「天才・たけしの元気が出るテレビ」などのバラエティー番組でも人気を呼んだ松方弘樹さんの父親に注目してみました。

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父親は剣戟の看板スターである近衛十四郎

松方弘樹さんの父親である近衛十四郎(このえ じゅうしろう)さんは、1914年4月10日、新潟県長岡市西新町で、父・目黒多七さん、母・ミカさんのもとに生まれました。

幼少の頃に両親と死別。

工業高校卒業後、鉄道建設事務所に勤めていましたが、映画俳優を目指し、市川右太衛門プロダクションに研究生として入団する。

最初の芸名は「長岡秀樹」でした。その後、日活に引き抜かれますが、大勢の中の一人に甘んじていました。

1934年には映画監督白井戦太郎さんの勧めで近衛十四郎と改名。

1935年、21歳の時に大都映画社に移って、剣戟(けんげき)の看板スターとしての名声を獲得する。

1936年、兵役法の命により、新潟の新発田歩兵第16連隊に入隊する。

1939年に映画界に復帰し、1941年には女優の水川 八重子(本名:角西やゑ)さんと結婚。

翌年の1942年には長男の浩樹(のちの松方弘樹さん)が誕生、1947年8月には次男の祐樹(のちの目黒祐樹さん)が誕生しました。

その後映画界やテレビ界で活躍しますが、1976年には体力の低下が著しく、1976年には事実上の引退状態となる、晩年は各種の会社経営者として余生を送りました。

1977年5月20日、長男の松方弘樹さんとヘラブナ釣りを楽しんでいた最中に脳内出血で倒れ、近所の南丹病院に搬送されました。

4日後の5月24日午前1時55分、意識が戻らないまま近衛さんは63歳で息を引き取りました。

松方弘樹さんの父親は、剣戟(けんげき)の看板スターである近衛十四郎さん。

時代劇ファンたちから「日本一のチャンバラ役者」と言われています。

近衛十四郎さんの趣味は釣りで、特にヘラブナ釣りが好みで、息子の松方弘樹さんも影響を受けてたようです。

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忘れられない父親の一言

松方弘樹さんは、ご自身のブログの中で父親の近衛十四郎さんの思い出について綴ったことがあります。

そのブログ記事のタイトルは「忘れられない父親の一言」。

松方さんは、父親である近衛十四郎さんについて戦前からのチャンバラスターだと語っています。

松方さんは、立ち回りの時に普通の人よりもちょっと長い刀を使っていたそうですが、近衛さんの刀はそれよりもさらに長かったそうです。

そんな長い刀を抜いて、立ち回りをして、もちろんちゃんと鞘に納める。

自分の父親でしたが、それはそれは見事なものだったそうです。

そして近衛十四郎さんは「座頭市血煙り街道」という勝新太郎さん主演シリーズの1本で、勝さん演じる市と気持ちを通わせながら最後は斬り合うことになる侍を演じることになりました。

撮影当日の朝、近衛さんはこう言い残して出かけて行きました。

「ちょっと勝っちゃんイジメてくるわ」

勝新太郎さんと近衛十四郎さんは、撮影のクライマックスで壮絶なチャンバラをしたそうです。

勝さんは立ち回りが上手で、滅多なことでは誰にも負けない人でしたが、この時の対決では、近衛十四郎さんが押していました。

松方弘樹さんは、父親が放ったあの一言をずっと忘れられなかったそうです。

松方弘樹さんが、自身のブログで父親について綴っているものがあります。

タイトルは「忘れられない父親の一言」。

あの勝新太郎さんとの対決の朝に「ちょっと勝っちゃんイジメてくるわ」と言い残して出かけていった父親の一言をずっと覚えていたそうです。

日本一のチャンバラ役者

映画史・時代劇研究家の春日太一(かすが たいち)さんの「役者は言葉でできている」によると、松方弘樹さんの父親の近衛十四郎さんは、熱心な時代劇ファンたちから「日本一のチャンバラ役者」と現在もなお讃えられ続けているそうです。

若手時代、松方弘樹さんも「柳生武芸帳」シリーズなどの近衛十四郎さん主演の東映時代劇で数多く共演しました。

松方弘樹さんによると、父親の近衛さんは、立ち回りを一回で覚えてしまったそうです。

松方さんが十回も二十回もやっている間、「ワシは疲れるから、やらんぞ」と椅子に座っているだけで、本番最後のテストの時には、二十手ぐらいの手を一回で覚えていました。

松方さんも立ち回りを覚えるの早かったそうですが、父親の近衛十四郎さんは、何で覚えられるのってくらい早かったそうです。

また、近衛十四郎さんは刀を斬り上げる時に右手を返す型が特徴的ですが、それは松方さんも受け継ぎました。

その方がただ斬るだけより、斬った後で手首を返す方が、刀の先が動くのだそうです。

今の俳優さんは手首が硬いまま刀を振りまわしているので、松方さんいわくそれでは「刀は走らない」との事です。

松方弘樹さんは立ち回りは自分なりに色々と研究したそうですが、大事な基礎は父親の傍にいることで、自然と学んだのかもしれませんね。

松方弘樹さんの父親の近衛十四郎さんは、どんな立ち回りでも一回で覚えてしまうような人だったそうです。

父親と数多く共演した息子の松方弘樹さんもなぜ覚えられるのか不思議で仕方がなかったとの事です。

まさにチャンバラをやるために生まれてきた人物だったのかもしれませんね。

以上が「柳生一族の陰謀」などの大型時代劇や「天才・たけしの元気が出るテレビ」などのバラエティー番組でも人気を呼んだ松方弘樹さんの父親特集でした。

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