吹石一恵の父親は元プロ野球選手 社会人野球・日本新薬の監督に就任

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「独身最後の大物」福山雅治さんと、2015年9月28日に結婚した吹石一恵さん。

2016年12月22日に第1子出産を発表し、ブログにファンへの感謝の言葉をつづりました。

そんな吹石一恵さんの父親が、プロ野球・近鉄バファローズで活躍した吹石徳一さんなのは、有名な話です。

近鉄は豪放磊落なイメージが強いチームですが、徳一さんは全く逆で、家庭を大事にする父親だったそうです。

お酒は一滴も飲めず、現役時代から仕事が終わると真っ先に帰宅して家族を大事にしていたそうです。

そんな父親のことを一恵さんは大好きで、父娘はとても仲が良いとの事。

今回は2015年9月に福山雅治さんと電撃結婚し、世間を騒がせた吹石一恵さんの父親に注目してみました。

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吹石一恵の父親は元プロ野球選手

2015年9月28日、女優・吹石一恵(ふきいし かづえ)さんが、シンガーソングライターで俳優の福山雅治(ふくやま まさはる)さんと入籍したことを発表した。

この日は吹石さんの33歳の誕生日であり、めでたくバースデー婚となった。

映画版「ときめきメモリアル」の藤崎詩織役や、ユニクロのCMで知られた吹石一恵さんですが、プロ野球ファンからは父親が元近鉄バファローズのプロ野球選手、吹石徳一(ふきいし とくいち)さんであることで知られている。

吹石徳一さんは近鉄で13年間、スーパーサブとして活躍した。

和歌山県の南部高校出身、甲子園出場こそ果たせなかったものの、社会人野球の名門・日本新薬に就職。

1974年に近鉄からドラフト4位で指名されプロ入りを果たした。

1年目に2軍で打率.267、11盗塁の活躍を見せると、2年目には開幕からベンチ入りを果たし4月3日に初出場、この年出番こそ多くなかったものの初安打も記録している。

吹石一恵さんの父親である吹石徳一さんは、和歌山県出身の元プロ野球選手です。

所属していた近鉄バファローズは、1949年から2004年まで存在した日本のプロ野球球団の一つで、パシフィック・リーグに加盟していました。

近鉄は「いてまえ打線」に象徴される、良くも悪くも豪快な野球が伝統的なチームカラーですが、吹石徳一さんは、名脇役として活躍されました。

現役時代の成績は?

1978年には74試合、1979年には94試合と持ち前の俊足と強肩、内野ならどこでも守れる器用さを武器に出場数を増やしていく。

才能が開花したのは1980年。主に8番ショートを務め109試合に出場。

キャリアハイの打率.249、14犠打を記録したほか、249打数で12本塁打とパワーがあるところも見せつけ、2年連続のリーグ優勝に大きく貢献した。

1981年には前年を上回る126試合に出場、10本塁打、13盗塁とレギュラー定着を果たしたかのように思えたが、翌年以降は打撃低迷や村上隆行さんの台頭もあり、守備固めや代走として試合の終盤から出場する日が増えていった。

伝説の「10.19」で知られる1988年シーズンの終了後に現役引退を発表、現役生活を通して控え選手としてプレーすることが多かったにも関わらず、実働13年で通算1020試合い出場、424安打、57盗塁、打率.229の成績を残してきた。

俊足堅守の控え選手としては珍しく二桁本塁打を3度記録するなど小力もあり、通算52本塁打も記録している。

翌年から近鉄が合併消滅する2004年までコーチやスカウトとしてチームに貢献した。

近鉄退団後は楽天でチーフスカウト等を任され、その後2012年11月30日付で楽天を退団したことを機に、2013年から、古巣の日本新薬硬式野球部へ復帰。

同年にアドバイザー、2014年から2016年までヘッドコーチを務めた後に、2017年1月から監督に就任した。

吹石徳一さんは、現役時代は控え選手としてプレーすることが多かったですが、引退後はスカウトや指導者として活躍されました。

おそらく現役時代から、野球理論に関する研究や率先して後進の指導などにあたっていたのかもしれません。

その時の努力が実って、2017年1月から古巣の日本新薬硬式野球部の監督に就任されました。

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大舞台にはめっぽう強かった吹石徳一

吹石徳一さんは、内野ならどこのポジションでも守れるバイプレーヤーでしたが、選手としては大した記録を残していません。

しかし、大舞台にめっぽう強かったことで有名。

1979年の日本シリーズ第7戦では、「江夏の21球」と呼ばれた9回に代走として出場し、満塁のきっかけとなる盗塁を決めています。

翌1980年の日本シリーズ第1戦では、9回1点ビハインドの場面で広島の絶対的守護神・江夏豊(えなつ ゆたか)さんから同点となる犠牲フライ、第2戦では池谷公二郎さんから逆転3ランを放った。

さらに、プロ野球史上最高の名勝負と言われる1988年「10.19」のダブルヘッダー2戦目では金村義明の代役として出場し、7回に勝ち越しとなる劇的なソロアーチをレフトスタンドへ放った。

チームにとって欠かせない名バイプレーヤーであるだけでなく、ファンの記憶にも残る選手だった。

結婚後は長女一恵さんを含め3人の子宝に恵まれた徳一さん。

長男は智弁学園で甲子園に出場、二男は社会人野球チームでエースとして活躍、芸能界に入った吹石一恵さんも、バラエティー番組で見事な打撃を披露するなど、その才能は子どもたちにも引き継がれている。

吹石徳一さんは、現役時代に大舞台に強かったことで有名だったようです。

その父親の勝負強さが娘である吹石一恵さんにも受け継がれているのかもしれません。

以上が、2015年9月に福山雅治さんと電撃結婚し、世間を騒がせた吹石一恵さんの父親特集でした。

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