坂口杏里の母親は女優の坂口良子 40億の借金返済 死因はがん

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女優・坂口良子さんの若い頃の画像。まさにチャーミングで可憐な女の子。アイドル的な人気があったことも頷けます。映画「犬神家の一族」(1976)より。

坂口杏里さんの母親である女優の坂口良子さんは、北海道余市郡余市町の出身です。

坂口良子さんは、1971年(昭和46年)にミス・セブンティーンコンテストで優勝して、15歳で芸能界入りされました。

フジテレビのドラマ「アイちゃんが行く!」で主演デビューして大ブレーク。

「たんぽぽ」「前略おふくろ様」「犬神家の一族」など、人気作品に次々と出演。

愛くるしい顔立ちと親しみやすいキャラクターでアイドル的人気を誇りました。

今回は、ブログ写真の激やせぶりやバイきんぐの小峠英二さんとの破局が話題を呼んだ、坂口杏里さんの母親である坂口良子さんに注目してみました。

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坂口杏里の母親は女優の坂口良子 沖雅也と交際の噂も?

坂口杏里さんの母親である坂口良子さんは、女優でありながらもアイドル的な人気もありました。

15歳で芸能界入りし、ドラマ「アイちゃんが行く!」で大ブレークした坂口良子さん。

その後もドラマや映画に引っ張りだこの日々を送ります。

その後、共演者だった沖雅也さんや水谷豊さん、石立鉄男さんらとの交際も報道されましたが、坂口良子さんが結婚相手に選んだのは18歳年上の不動産会社役員の男性でした。

お2人の出会いは1984年12月。

熱海温泉に出かけた坂口良子さんは、知り合いの不動産会社社長と会い、近くのカラオケスナックに入りました。

そこで紹介されたのが同社役員の男性。

年齢差も大きかったため、良子さんは奥さんがいると思ったそうですが、死別と離婚を経て、当時は男性は独身でした。

1年後のクリスマスに金子由香利さんのディナーショーに誘われて、良子さんは、そのことを知らされました。

以後は結婚を意識するようになり、トントン拍子で交際が進みました。

1986年5月24日には婚約会見し、男性が50歳になる直前の11月7日にシンガポールでツアーを組んで式を挙げました。

そんな坂口良子さん(当時31)の新婚生活は、19歳の義理の娘と84歳の義父、さらに坂口良子さんの母親も同居する大所帯で始まり、まもなく息子も生まれ、円満な家庭を築いていました。

坂口良子さんの若い頃の画像を見てみると、本当に愛くるしくチャーミングという言葉がぴったりの女性ですね。

女優でありながら、アイドル的な人気があったのも頷けます。

ドラマで共演することの多かった沖雅也さんとの交際の噂などもありましたが、坂口良子さんが結婚相手に選んだのは、不動産関係のお仕事をされていた男性でした。

バブル崩壊で夫の会社が倒産

しかし、バブル経済の崩壊が2人の結婚生活に影を落とします。

男性の務める会社は、結婚翌年の1987年に税務調査で9億円の申告漏れが指摘され、事情聴取を受けた男性は会社を退職。

独立して不動産会社を立ち上げました。

1991年3月には娘である坂口杏里さんが生まれましたが、同時期にバブルが崩壊。

1992年には男性が建てたばかりのビルが仮差し押さえされ、坂口良子さんも3億円の借金を負ったという報道が流れました。

その後も男性の会社は経営が好転せず、1994年4月には「倒産状態」に。

当初、坂口良子さんは「私個人の借金はありません」「厳しいい状態ですが夫婦仲良くやっていこうと思います」とコメントしていましたが、次々と驚愕の事実が明るみに出てきました。

男性は坂口良子さんのマンションを担保に借金をして転売し、実印を勝手に持ちだしていました。

良子さん名義の一戸建て住宅は担保に入れて差し押さえられていました。

男性は週刊誌のインタビューで「今の相場で25億円くらいの土地を持っていて、これを売却すれば借財の85%は返せる」「離婚は絶対ない」と語っていましたが、良子さんは不信感を募らせ、気持ちは離れてしまいました。

4月28日には離婚会見を開き、「慰謝料は請求しようとは思いません」と語りました。

坂口良子さんの娘である坂口杏里さが生まれた1991年は、バブル崩壊の年でもありました。

当初は、この困難にも夫婦で力を合わせ乗り越えようとしていた坂口良子さんでしたが、夫が隠していた事実を知るにつけ、不信感が増大。

1994年4月には、夫であった男性と離婚することを決断しました。

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40億の借金返済 死因はがん

もっとも、慰謝料請求どころではなく、知らないうちに連帯保証人にされ、背負わされた借金はなんと40億円。

1999年に交際が発覚したプロゴルファーの尾崎健夫さんに支えられて必死に働き、約10年で借金を完済されました。

しかし、トラブルは続いてしまい、良子さんは不運にも大腸がんに見舞われてしまいます。

2012年8月には、尾崎健夫さんと正式に結婚したものの、2013年になって体調が球速に悪化。

3月27日に57歳の若さで急逝してしまいます。

所属事務所によると死因は、大腸にできる横行結腸がんと肺炎だったとのことです。

坂口良子さんの早すぎる死に、芸能界にも悲しみが広がりました。

ドラマ「池中玄太80キロ」シリーズで共演した俳優・西田敏行さんは、「あまりにも早すぎますよ。若すぎますよ。共演させていただいて、僕が演じる池中玄太を本当に心から愛してくれたアッコを、美しくチャーミングにステキに演じてくれたので、そのことに対して本当に感謝したいと思います。坂口良子さん演じるアッコの存在なくして、池中玄太はあり得なかったと思いますね。良子ちゃんがいなくなっちゃうと、本当に寂しいなと思いますね」と語りました。

同ドラマで共演して女優・杉田かおるさんは、「ドラマの撮影で初めてお会いしたのは、春でした。春風に吹かれて颯爽としていた坂口良子さんは、満開のお花のように輝いていました。暁子お姉さんこと坂口さんは、永遠の憧れの女性です」。

また、1975年に放送された刑事ドラマ「俺たちの勲章」などで共演した俳優・中村雅俊さんは「急な話で、大変驚いています。共演してのはお互い若い頃だったので、現場ではいつも大騒ぎして、元気で素敵な笑顔の思い出ばかりです。年齢も若く。とてもショックが大きいです。今回の訃報は残念で仕方がありません。謹んでお悔やみ申し上げます」とコメントしました。

坂口良子さんの葬儀・告別式は、近親者のみで営まれたとの事です。

前夫の連帯保証人になっていたことにより背負った借金40億円。

2人の子どもを育てながら、必死に働き10年で借金を返済。

その後のがんの発病と急死に、芸能界にも悲しみが広がりました。

以上が、ブログ写真の激やせぶりやバイきんぐの小峠英二さんとの破局が話題を呼んだ、坂口杏里さんの母親である坂口良子さんの特集でした。

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