羽生結弦の父親は中学校の教頭先生 教科は技術家庭で野球好き

WS000106
ソチ五輪金メダリストのフィギュアスケーターで、ANA所属の羽生結弦(はにゅう ゆづる)選手。

2016年8月22日にギネスワールドレコーズジャパンは、羽生選手がもつ記録がギネス世界記録に認定されたことを発表しました。

今回のギネス記録は、、2015年12月10、12日にバルセロナで開催された「ISUグランプリファイナル 国際フィギュアスケート選手権大会2015」にて、羽生結弦選手がたたき出したショートプログラム110.95点、フリープログラム219.48点、総合得点330.43点に対するものとなります。

日本の航空会社であるANAは、2013年7月より羽生結弦選手と所属契約を結び、羽生選手が海外渡航する際の輸送強力など、その活動をサポートしています。

今回認定された羽生選手の記録については、9月に発売予定の書籍「ギネス世界記録2017」日本語版に掲載予定となっています。

今回は、フィギュアスケート男子のソチ五輪金メダリストである羽生結弦さんの父親に注目してみました。

スポンサーリンク

羽生結弦の父親は中学校の教頭先生

ソチ五輪で金メダルを獲得した男子フィギュアスケートの羽生結弦選手(21)。

今や国民的スターですが、その生い立ちはごくごく普通。

宮城県仙台市で、中学校教師の父親である羽生秀利さんとパート勤めの母親との間に生まれ、野球好きの父親とのボール遊びで、毎日外を駆けまわる元気いっぱいの子供だったそうです。

4歳年上の姉の影響で4歳の時にスケートを始めた羽生結弦さんは、基礎的な技術をあっという間に身につけ、小学3年生になると自宅近くにある「アイスリンク仙台」で本格的な指導を受けるようになります。

小学4年生のときには、前日本ノービス選手権(小3~5部門)で初優勝。

小学6年生ですでにトリプルアクセルを飛ぶほどの天才児で、そんな彼を家族は一丸となってサポートしました。

国民的人気を誇るフィギュアスケート界の王子である羽生結弦選手。

子供の頃から運動神経抜群だっただけでなく、スケートのセンスもあったのでしょう。

小学6年生でトリプルアクセルを飛ぶほどの天才少年だったようです。

父親の収入はほとんどフィギュアの費用に

フィギュアは、靴や衣装、リンク代など、ものすごくお金がかかかります。

とくに衣装は高くて、1着50万円というのもザラです。

羽生家は一般的なサラリーマン家庭なので、そんなにお金の余裕はなく、試合が決まるとお母さんが夜なべして衣装を縫っていたそうです。

父親の収入は、ほとんど羽生さんのフィギュアの費用に充てられ、一家は家賃5万円の県営住宅に住んで、生活を切り詰めていました。

そんな背景もあってなのか、謙虚なイメージの強い羽生さんですが、プライベートでは、ちょっとキャラが違ったと高校の同級生が語ったことがあります。

「おれなら、ソチは金取れる」とか「高橋大輔や小塚崇彦には絶対負けない。全盛期の時におれが倒す」とか、かなりのビッグマウスだったそうです。

体ができてきて、4回転も飛べるようになって、いよいよ五輪が現実のものになり、自信が満ち溢れてきたんでしょうとのことでした。

そんな羽生結弦さんの自室は、くまのプーさんのぬいぐるみで埋め尽くされていて、いつも肌身離さず持ち歩くのは、プーさんのティッシュケース。

練習帰りには友達と外食することもなく、いつも母親の手料理をおいしそうに食べるとの事です。

とてもお金がかかるスポーツであるフィギュアスケートの世界。

羽生結弦さんの実家は、決して裕福ではなかったようですが、父親と母親、姉の家族が一丸となって羽生結弦選手をサポートしました。

それだけ羽生結弦選手の才能は、素晴らしいものがあったのでしょう。

スポンサーリンク

担当教科は技術家庭で野球部の顧問

羽生結弦さんの父親である羽生秀利さんの仕事は、宮城県石巻市にある中学校の教頭先生をされているそうです。

父親が教頭先生をされている学校名は、2014年まで石巻市立湊中学校に勤め、その後しらかし台中学校に転勤になったと言われています。

教師時代の担当教科は技術家庭で、野球部の顧問をされていたそうです。

父親の羽生秀利さんは、息子とは違ってやや小太りの体型ですが、物腰がとても柔らかく、色白なところはよく似ているとの事。

羽生結弦さんはソチ五輪の後、3日間だけ帰国。

実家がある仙台で家族水入らずで過ごせたのは、市内のホテルでのたった1泊だったそうです。

その後は、この2年ほどホームグランドにしているカナダへ母親と2人で旅立ちました。

父親と姉は仙台に残っていますが、家族別々の生活はちょっと寂しいのかもしれません。

本当は羽生結弦選手はカナダではなく、出身地である仙台で練習したいという気持ちが強いようです。

彼は金メダルを取った報奨金600万円を、東日本大震災の地元被災地への支援などに寄付されました。

父親によると、寄付は本人が言い出したことで、親がそうしろと言ったわけじゃないそうです。

地元被災地のみなさんにも応援していただき、励みになったと、そのお礼の気持ちなのではないかと語りました。

息子のスケートのために家族バラバラの生活を受け入れてくれて、いまも被災地に尽くす父親の姿が、羽生結弦さんに「愛の献身」を決意させたのかもしれません。

ソチ五輪での報奨金600万円を、東日本大震災の被災地に寄付された羽生結弦さん。

一生懸命に自分のことを応援してくれた地元被災者の方への感謝の気持ちだったのかもしれません。

以上が、フィギュアスケート男子のソチ五輪金メダリストである羽生結弦さんの父親特集でした。

スポンサーリンク