狩野恵里の父親の仕事は証券マン 大の動物好きで子犬を飼う

WS000103
テレビ東京の看板アナで、同局系「モヤモヤさまぁ~ず2」(日曜・後6時30分)でのお笑いコンビ「さまぁ~ず」との掛け合いが人気の狩野恵里アナウンサー(29)。

狩野アナといえば、大江麻理子アナウンサーのアメリカ・ニューヨーク転勤に伴い、同番組の2代目アシスタントとして、進行役を3年半務めてきました。

そんな狩野アナですが、7月24日の放送回において、今秋での番組卒業を発表。

この番組降板発表に、視聴者の間では、インターネットを中心に、共演する「さまぁ~ず」との不仲説や結婚退社説など、さまざまな憶測を呼びました。

そして、8月16日にレーシングドライバーの山本尚貴さん(28)と結婚したことがわかりました。

狩野恵里さんと山本尚貴さんは、テレビ東京の番組「SUPER GT+」(日曜・後11時30分)をきっかけに知り合い、交際2年でのゴールインとなりました。

8月11日に都内の市役所に婚姻届を提出。

狩野恵里さんは、今後も仕事を続けるそうなので、今回の結婚が「モヤさま」の降板劇と直接関係あるとはいえないのかもしれません。

今回は、テレビ東京の看板アナウンサーである狩野恵里さんの父親に注目してみました。

スポンサーリンク

狩野恵里の父親の仕事は証券マン

狩野恵里アナウンサーは、1986年に東京都青梅市で生まれました。

証券マンの父親の仕事の都合で小学6年の途中から高校2年まで、アメリカのテキサス州に1年、カリフォルニア州に4年間住みました。

帰国後、国際基督教大学に入学し、教養学部語学科日本語学を専攻します。

2009年に、テレビ東京にアナウンサーとして入社。

情報番組やスポーツ番組のリポーターを経て、ニューヨーク転勤が決まった大江麻理子アナの後任として13年から「モヤモヤさまぁ~ず2」に出演。

番組では帰国子女なのに気取らないキャラで人気になり、その体当たりぶりは視聴者には好評でしたが、家族から「嫁入り前なのに」と眉をひそめられたこともあったそうです。

また、2014年5月11日の母に日の「モヤさま」では、狩野恵里さんが専門店で初めてウェディングドレスを着ました。

狩野恵里さんは、新聞のラテ欄を見て「今日はウェディング姿か。」と呟く父親と、その日の主役である母親と一緒に「モヤさま」を観たそうです。

ご両親の反応は、父親は無言でしたが少し照れているように見え、母親は新郎役のAD(円城寺)さんをいい人そうねと言っていたそうです。

今回の山本尚貴さんとの結婚発表で、ご両親が再び狩野恵里さんのウェディング姿を目にする日がやってくることでしょう。

狩野アナの実家がある東京の青梅市とは、都心部からちょっと離れた自然豊かな街です。

証券マンだった父親の仕事の関係で、アメリカにも住んでいた帰国子女の狩野恵里さん。

テレビ東京にアナウンサーとして入社し、最近では「モヤさま」での「さまぁ~ず」との掛け合いが人気です。

大の動物好きで子犬を飼う

狩野恵里アナウンサーの父親は大の動物好きだそうです。

ただ「転勤族」であることや「誰が面倒見るの」という理由などから、奥様から動物を飼うことの承諾がなかなか得られなかったそうです。

しかし、2015年には父親の念願の夢がかなって、可愛らしい子犬を飼うことになったそうです。

狩野アナが青梅の実家に帰ったところ、この可愛らしい子犬とご対面。

新しい家族の仲間入りに弟さんと妹さんも大喜びだったそうです。

「本日の次男坊(子犬)の様子」が一躍、家族全員の一大関心毎になりました。

その結果、父親は仕事から帰るなり即キッチンに立ち、次男のご飯作りに勤しんでいるようです。

その時の父親の幸せそうな顔といったら、職場の方にぜひお見せしたいほどの変わりようだそうです。

動物が少し苦手だった母親も終始目じりが垂れっぱなしで、不思議と口調も赤ちゃん言葉に。

そんな両親を見ていると、孫が生まれた時にはどうなってしまうのかと、ちょっと楽しみな狩野恵里さんなのでした。

ちなみに次男(=可愛い子犬)の名前は「トッティ」で、愛称は「トト山さん」というそうです。

狩野恵里さんの父親は、とても動物が大好きなのだそうですが、転勤族だったためなかなか動物を飼うことができなかったそうです。

しかし、2015年にようやく念願かなって可愛らしい子犬を飼うことができました。

その可愛がり方を見ていると、狩野アナも孫が生まれた時にどうなってしまうか楽しみだといることです。

スポンサーリンク

家族の絆とクルマ

実家が青梅市にある狩野アナにとって、移動手段として「クルマ」は欠かせないものだそうです。

しかし、それはあくまで「移動することができる」ものであれば何でもよくて、メーカーや車種などは実は気にしたことがありませんでした。

そんな狩野アナですが、モータースポーツの番組である「Super GT+」を担当することになり、ようやく街ゆくクルマに目が行き、「あ、86だ!」や「この色、スバルっぽい色だなぁ」とか「あのテールランプかっこいいな」などと、つい口にするようになったそうです。

また、小学6年~5年間の家族との海外生活での移動手段は、常にクルマだったそうです。

中学校の送り迎えも親がしてくれました。

日本ではなかなか考えられないですが、アメリカという広大な敷地では、クルマがなければデートさえも親に送り迎えしてもらうのだそうです。

完全なる監視下で、当時は時折ブーブー言っていたそうですが、ご両親は安心していたのかもしれませんね。

送り迎えの車中での会話は学校で起きた出来事といった、たわいもない内容だったそうですが、あの多感な時期に両親や兄弟と会話する習慣ができていたのは、ものすごくプラスにはたらいていると思うとの事。

沢山の共通の体験、記憶を共有いているということが、結果として家族の絆を深めたのは間違いない気がしているそうです。

狩野恵里さんにとって「クルマ」とは「家族との時間」を思い起こさせてくれる大事な存在のひとつなのかもしれませんね。

狩野アナの実家がある青梅市は、東京でも都心部という訳ではないので、クルマが生活に欠かせないようです。

また狩野恵里さんにとっては、「クルマ」と「家族との時間」は密接に関わりあっているようですね。

以上が、テレビ東京の看板アナウンサーである狩野恵里さんの父親特集でした。

スポンサーリンク