登坂絵莉の父親は国体で優勝した経験もある元レスリング選手

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リオ五輪のレスリング女子48キロ級に出場する登坂絵莉(とうさか えり)選手。

現在世界選手権3連覇中ですが、オリンピックは今回のリオ五輪が初出場。

富山県高岡市生まれの登坂選手は、高校時代に国体優勝経験がある父親の登坂修さんの影響で、小学3年で高岡ジュニア教室入り。

高2、3年時にインターハイ連覇。

全日本選手権、全日本選抜選手権は12年から4連覇。

世界選手権初出場の2012年は、決勝で不可解な判定にあって銀メダル、翌年から3連覇しています。

女子レスリングの吉田沙保里選手と登坂絵莉選手の2ショット画像。

とても仲が良さそうな雰囲気ですね。

五輪を含む世界大会で16連覇中の吉田沙保里選手を姉のように慕い、練習も一緒に行っているそうです。

今回は、リオ五輪レスリング女子48キロ級の有力金メダル候補である登坂絵莉選手の父親について注目してみました。

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登坂絵莉の父親は国体で優勝経験もある元レスリング選手

低い姿勢から相手の足にタックルを繰り返す。

果敢に攻め続けるレスリング女子・登坂絵莉選手の背中を、父親の登坂修さんの声が押した、「逃がすな」「大丈夫だ」。

2015年12月23日の全日本選手権、登坂絵莉選手は念願の五輪切符を手にしました。

母親の登坂安津子さんの構えるビデオカメラには、登坂選手の晴れやかな笑顔が映っていた。

幼い頃から続く、家族の光景がある。

「反省会するぞ」、試合後、父親は必ず言う。

遠征先からの帰宅が深夜になっても、2人は居間のテレビの前に並んで腰を下ろす。

登坂絵莉選手の父親の修さんは、富山・高岡一高時代の1980年に国体のグレコローマン48キロ級で優勝したレスリング選手。

その父親が指導役となり、母親が試合会場で撮影した映像を、何度も再生する。

「ここはもっと前に出ないと」「こうやれば点数が取れる」。

身ぶり手ぶりを交えた「反省会」は1時間を超え、日付が変わることも珍しくなかった。

母親も洗濯物を干す手を止め、そばに寄り添う。

いつのまにか、それが家族の光景となり、登坂絵莉さんが高校進学で県外へ出るまで続けられた。

「両親が私をいまの場所に導いてくれた」

リオ五輪のレスリング女子48キロ級の金メダル候補である登坂絵莉選手。

自分が今の場所にたどり着けたのは、両親のお陰だと語っています。

オリンピックでもご家族のサポートで、金メダルをがっちりと掴み取ってほしいものです。

父親とのワゴン車での遠征の思い出

小学校3年の時に兄とともに高岡ジュニア教室に連れて行かれ、レスリングの魅力にとりつかれた。

すぐに全国大会へ出場しましたが、初戦で敗れてしまいます。

泣きじゃくりながら「レスリングで一番を目指す」と決めて以降、家族が一丸となって歩んできました。

競技人口の少ない女子で、さらに体も小さかったため、練習相手探しが大変でした。

県外にいい選手がいると聞けば、父親が相手に頭を下げて頼み込み、2人で遠征しました。

節約のため、ワゴン車に寝袋を持ち込み、絵莉さんは後部座席で、父親は運転席で寝泊まりしました。

車内でレスリングの話は、ほとんどしませんでしたが、絵莉さんは「お父さんとの遠征が一番楽しい思い出」と振り返る。

遠征先で描いてもらった親子の似顔絵は、いまも自宅に飾られている。

父親の修さんは胸を張ります「私たち親子は本気で一つのものを目指してきた」

父親とのワゴン車でのレスリングの遠征は、登坂絵莉さんにとって忘れられない思い出となっているそうです。

遠征先で描いてもらった親子一緒の似顔絵を、ぜひ見てみたものですね。

父親の登坂修さんも、娘への全力サポートを誇りに思っているようです。

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悩んでいた時の父親からのメール

小中学校時代、「高岡ジュニアレスリングクラブ」(高岡市)の練習後も、父親と居残って技を確認しました。

周囲も支援を惜しまなかった。

同クラブの角地山(かくちやま)豊監督はいつも、親子が納得して帰るまで見守った。

角地山監督の指導は徹底していました。

「足を動かせ。フットワークがあればタックルのチャンスも生まれる」。

この教えが登坂絵莉選手の得意技「片足タックル」の原点となりました。

登坂絵莉選手は、当時のスタイルを世界の大舞台でも守り続けています。

いまも高岡の練習場には、角地山監督の大声が響く。

「足を使え」登坂絵莉選手の胸に刻まれた伝統の教えは、登坂選手に憧れるちびっ子選手たちに受け継がれています。

「やりたくないなら、やめてもいい。勝ちたいならやればいいし、負けてもいいならやめなさい」、父親の口癖です。

強制しないが、負けず嫌いの登坂絵莉選手を刺激しました。

至学館高時代、レスリングを続けていくことに悩んだ時期がありました。

担任教師から伝え聞いた父親は、「好きなようにしなさい」とメールを送りました。

この時は、もう一言だけ添えてあった。

「お父さんは絵莉の一番を願っている」と。

絵莉さんは、ずっと見守っていてくれる家族の愛情を再認識しました。

「結局、やめられなかった。強くなるしかなかった」

もし父親の言葉がなかったら、後の世界選手権3連覇の偉業も、家族で夢見た五輪出場も、夢のまま終わっていたかもしれない。

リオデジャネイロ五輪へのカウントダウンは、もう始まっています。

「自分の夢は、家族の夢。勝って喜ぶ姿を見せてあげたい。金メダルを何が何でも取る。絶対に。」

登坂絵莉選手は、常に家族への感謝の気持ちを忘れていないようです。

家族への思いを胸に、リオ五輪での金メダルを目指します。

以上が、リオ五輪レスリング女子48キロ級の有力金メダル候補である登坂絵莉選手の父親特集でした。

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