萩野公介の母親が決断した1人っ子教育 天才スイマー育成法

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競泳のリオデジャネイロ五輪代表の萩野公介(はぎの こうすけ)選手。

リオ五輪に向けたスペイン・グラナダの合宿で、萩野公介選手は高記録を連発。

リオ五輪出場4種目でのメダル獲得を視野に入れています。

オリンピック1大会で、4個のメダル獲得となれば、北島康介さんを抜いて、日本人選手最多となります。

萩野公介選手は、「世界にはもっとメダルを取った人がいるし、メダルを取ってもそこに金がないと意味がない」と、世界基準を貫きました。

今回は、その活躍ぶりから「和製フェルプス」とも呼ばれている萩野公介選手の父親・母親について注目してみました。

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萩野公介の母親が決断した1人っ子教育

2013年の日本選手権男子水泳で史上初の5冠に輝いた萩野公介千選手(21)。

萩野公介選手の母親の萩野貴子さんは、息子の出る大会を見に行くのが楽しいんですよと語ります。

今、水泳界で最も注目を集めている「怪物」萩野公介選手。

栃木県小山市に住む母親の貴子さんによると、萩野公介さんは、貴子さんが30歳すぎてできた子どもだったそうです。

そして公介さんが生まれて生後5カ月になると、ベビー・スイミングにも行くことになりました。

こうして萩野公介さんのスイミング人生が始まりました。

貴子さんは、水泳以外にも様々な習い事に公介選手を連れて行きました。

3歳のころには、ピアノに英会話に学習塾も掛け持ちさせていたそうです。

貴子さんは、その全てに同行しました。

そこには、ある思いがありました。

「掃除に、洗濯に、子育て。そのすべてを手抜きしないでやろうと思ったら、私には1人っ子で精一杯でした。だからあえて1人っ子として育てよう。その代わり、なるべく多くのチャンスを与えようと決意したんです」

水泳界の怪物として注目されている萩野公介選手が水泳を始めたのは、生後5カ月。

その後、両親の教育方針で様々な習い事を経験しましたが、もっとも才能の片鱗をみせたのは水泳でした。

母親の貴子さんは、息子を全面的にサポートするために、1人っ子として育てる決断をされました。

息子のサポートを全力で行った母

数々の習い事のなかで、頭角を表してきたのが水泳でした。

小学校のころは「天才スイマー」といわれるまでに成長。

それに伴い、貴子さんの生活もハードになっていきました。

「中高の6年間、毎朝4時半に起きて、朝練に出かける公介へお弁当を持たせていました。夕方5時半になると、塾まで公介を迎えに行き、そのままスイミングスクールに車で送っていく。そこで2時間の練習を見学して、終わると家に連れて帰ります。そこから主人を駅まで迎えに行き、夜12時過ぎにようやく就寝という生活でした」

さらに貴子さんの奮闘は続きます。

水泳選手として体が大きくなかった萩野公介選手をサポートすべく、食生活を見直すことにしました。

「中学までは好きなものを好きなだけという食生活でしたが、あの子は牛乳だけが嫌いだったんです。だから高校に入ると管理栄養士さんに毎日メールで献立を送り、不足分の栄養素を補うようにしました。他人に見せるんですから、冷凍食品は使えません。それがプレッシャーでしたね(笑)」

当時、萩野公介選手はハードな練習の中でも身体を維持するため、1日6度もの食事を摂るようになっていました。

貴子さんが始めた毎日のメニューノートは、すでに何冊分にもなったそうです。

母親の貴子さんの支えなしに、怪物は育たなかったといえるでしょう。

天才スイマー・萩野公介選手は、母親の強力なサポートで才能を開花させていきます。

母親の貴子さんのとって、かなりハードな生活だったと思われますが、その苦労は報われたようです。

萩野公介選手本人の努力と周囲の方々のサポートが、リオ五輪の金メダル獲得につながるのかもしれません。

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父親の職業は一級建築士

萩野公介選手の父親の萩野洋一さんの職業は、耐震設計を得意とする一級建築士だそうです。

萩野公介さんによると、自分は両親の影響をすごく受けているそうです。

物事の真理を追求したがる癖は父親似、口が達者なのは母親譲り。

大学に入学し、親元を離れて初めてわかったことがあり、それは自分の両親は間違いなく尊敬できるということ。

茶の間で交わした一言一言が、自分の生き方のベースになっていると気づかされる。

家を出て2年目くらいになって、よくわかるとの事です。

萩野公介さんが自ら語るように、母親の貴子さんも公介さんが、試合で気持ちを引きずらないのは、父親譲りのところがあると分析しています。

スランプに陥ってもおかしくない状況でも、引きずることがない萩野公介選手。

母親の貴子さんによると、その秘訣は父親の洋一さん譲りの「切り替え力」だと言います。

「公介はサッと切り替えるのは早いほうなんですね。主人も全然平気なんですよ。私はネガティブ志向で、ちっちゃいことでも考えちゃうタイプなんですけど…」

どんな時でも大崩しない性格は常時、複数レースに出場し続ける萩野公介選手にとって、大きな強み。

前人未到のオリンピックでの4個のメダル獲得を達成されるかもしれませんね。

萩野公介選手の父親の仕事は、一級建築士だそうです。

常に冷静に物事の真理を追求する姿勢が、息子にも引き継がれているようですね。

以上が、その活躍ぶりから「和製フェルプス」とも呼ばれている萩野公介選手の父親・母親特集でした。

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