野々村竜太郎の母親は教育熱心な専業主婦 高齢で年金暮らし

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元兵庫県議の野々村竜太郎さん(49)は、大阪府北区にある市営団地で幼少期を過ごしました。

野々村竜太郎(ののむら りゅうたろう)さんは、6人家族で、ご両親と4人の子どもで暮らしていました。

上から長女、次女、長男と続き、いちばん下が野々村さんでした。

市営団地の2Kの部屋に住んでいましたが、野々村さんが小学校に上がる頃に、3Kの別の部屋に引っ越しました。

野々村竜太郎さん一家が住んでいた市営団地の家賃は、収入によって変わりますが、野々村さんのご家庭は、1万3千円くらいという話です。

野々村さんが産まれた当時でも、かなり低額な家賃でした。

そこで野々村さん一家は肩を寄せあって暮らしていたそうです。

今回は、衝撃の号泣会見を行った号泣県議こと野々村竜太郎さんの母親に注目してみました。

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野々村竜太郎の母親は教育熱心な専業主婦

号泣会見でお馴染みの野々村竜太郎さん。

野々村竜太郎さんの父親の職業は阪急電鉄の事務員、母親は専業主婦をされていたそうです。

野々村竜太郎さんは、母親とは仲が良かったようで、一般的には中学生くらいから反抗期に入り、母親に反抗するものですが、野々村さんには、そんな気配は一切なかったようです。

中学校が終わるとまっすぐ帰って勉強。

遊んでいる声が聞こえてきたこともない。

そして、努力の末に野々村さんが、進学校の北野高校に入学すると、母親はそのことが、とても嬉しかったようです。

このような情報から、野々村竜太郎さんの母親は教育熱心な専業主婦だったということがわかります。

野々村竜太郎さんは、阪急電鉄に勤める父親と専業主婦の母親の間に生まれました。

野々村さんは、教育熱心な母親の期待に答えるために、必死に勉強していたようです。

息子が努力の末に、有名進学校の北野高校に入学した時には、お母様はかなり嬉しかったようです。

号泣会見以降、実家に潜伏

野々村竜太郎さんは、あの号泣会見以降、ほとんど世間に姿を現していませんでした。

その後、野々村さんが実家に潜伏していることがわかり、昼間は報道陣が玄関近くで張り込んでいるのですが、家の中からは物音ひとつ聞こえない。

ところが深夜になると、野々村さんの母親が動き出します。

日々の日課は午前0時前後のゴミ出し。

また別の夜中には、最愛の息子への買い出し帰りなのか、阪急百貨店の紙袋を手に帰宅する日も。

現在は、病院で入院中という父親がパジャマ姿で一時帰宅したこともあったそうです。

選挙活動や議会演説も母親同伴だったと報道された野々村竜太郎さん。

母親ベッタリの籠城生活は、いつまで続くことになるのでしょうか。

号泣会見以降の野々村竜太郎さんは、実家で引きこもり生活を送っているようです。

実家の周囲に張り込むマスコミを警戒して、ほとんど外出もしない。

父親は病気がちの為、ご高齢の母親に頼りっきりの生活のようです。

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母親の年齢は?

野々村竜太郎さんの実家は、大阪市内にあります。

現在の実家も集合住宅で、夜になっても遮光カーテンが窓を閉ざしていて、インターフォンを鳴らしても応答がないそうです。

買い物などは、すべてご高齢の母親がやっていて、野々村さんは、ほとんど外出することがないそうです。

野々村竜太郎さんが外出した時に鉢合わせした人の話によると、黒っぽいジャンバーにジーパン姿で、帽子を深くかぶっていたとの事。

目が合うと、怯えたように大きなマスクで顔を隠していまったそうです。

野々村竜太郎さんは、過去に西宮市長選などで4回落選し、選挙費用でお金がなくなってしまいました。

その後、今回の一件が発覚した時には、母親に厳しく叱責され、すぐに全額返したのも、母親にいわれたからだそうです。

現在では、野々村さんは将来への不安も漏らしているそうです。

父親も病気がちで、母親の年齢も80歳を超えている。

自分が仕事するしかないが、怖くてなかなか踏み切れないとか、世間に顔を知られているからバイトもできないなどと打ち明けているそうです。

そんな野々村竜太郎さんですが、今は、わずかばかりの貯金と両親の年金で暮らしているそうです。

野々村竜太郎さんの実家である、大阪市内の集合住宅。

このままずっとご両親の年金に頼って暮らしていくわけにもいかず、野々村竜太郎さんが行動を起こさなくてはならない日も近いようです。

以上が、衝撃の号泣会見を行った号泣県議こと野々村竜太郎さんの母親特集でした。

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