大谷翔平の母親はバドミントン選手 両親の身長と出会いは?

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大谷翔平さんの母親である大谷加代子さんは、小学校5年生の時から、バドミントンに打ち込んでいたそうです。

自宅近くにクラブチームがあり、メンバーを募集していました。

ご両親の勧めもあって、ラケットを握るようになったそうです。

その後、その才能を開花させていく大谷加代子さん。

92年にバドミントンでバルセロナ五輪に出場した陣内貴美子さんとも何度も対戦したことがあるそうです。

今回は、二刀流で大活躍中のプロ野球選手、大谷翔平さんの母親に注目してみました。

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大谷翔平の母親はバドミントンの選手

大谷翔平さんの父親である大谷徹さんが岩手県立黒沢尻工業高校で甲子園を目指しているころ、学年で1つ下の母親の大谷加代子さんは、インターハイの常連・神奈川県立横浜立野高校でバドミントンに打ち込んでいたそうです。

立野高校へは越境入学。

横浜市旭区の自宅から電車とバスを乗り継いで1時間ほどかかったものの、毎朝5時台の始発に乗り、授業の前に1時間ほど朝練。

放課後も夜7、8時まで練習して、帰宅は9時ごろになりました。

土日祝日も休みはなかった。

練習は厳しく、インターハイでは1回か2回勝っても、なかなか上には行けなかったそうです。

卒業後もできればバドミントンは続けたかった。

立野高校に近い三菱重工横浜にクラブチームがあり、立野高校バドミントン部の顧問もよく知っていた。

同じバドミントン部の生徒と一緒に入社試験を受け、三菱重工横浜に就職しました。

大谷翔平さんの母親の大谷加代子さんも運動神経は抜群のようです。

加代子さんはバドミントンの選手として、かなり優秀でした。

神奈川県立横浜立野高校から、三菱重工横浜の社会人チームに進みます。

母親と父親は三菱重工横浜で知り合う

バドミントンに力を入れている企業は、全国を見渡しても限られます。

三菱重工横浜も野球ほど力を入れていたわけではなく、練習は平日の2日間と土日。

平日は夕方、就業時間後に行っていました。

成績は社会人大会の県予選でベスト4に入るくらい。

全国大会に出られるかどうかというチームでした。

大谷翔平さんの母親である加代子さんは、勤務部に勤務し、「普通のOLとほとんど変わらない生活」を送っていました。

三菱重工横浜の野球部にいた父親の徹さんと知り合ったのは入社1年目でした。

新入社員の男子は応援部、女子はチアガールのようなものをやるのが義務付けられていた三菱重工。

結団式のような集まりの中で、大谷翔平さんのご両親は知り合ったそうです。

応援される方と応援する方の関係でした。

結団式とか壮行会とか、酒の席があったりして、そこでという事です。

当時、徹さんは入社2年目、加代子さんは新入社員でした。

大谷翔平さんの父親の徹さんは、三菱重工横浜の野球部。

母親の加代子さんは、三菱重工横浜のバドミントン部。

ご両親の馴れ初めは、三菱重工横浜でのスポーツ活動の場にあったようです。

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母親も父親も身長が高い

大谷翔平さんの父親の徹さんの身長は182センチ。

徹さんの父親の正幸さんは180センチ。

「父が授業参観で学校に来ると、同級生の父兄の中で頭ひとつ出ていました」と徹さんは話します。

母親である大谷加代子さんの父親である明さんも174、5センチと、当時としては大きい方です。

加代子さんによると、親族はみな、身長が大きいとのことです。

加代子さんは3人姉妹で、その中でお姉さんは低い方ですが、それでも167、8センチあるそうです。

加代子さんと妹さんは170センチくらい。

大谷翔平さんの兄の龍太さんは187センチ、姉の結香さんは168センチ。

翔平さんを含めたきょうだい3人、そろって背が高いのは遺伝といえるのかもしれません。

大谷翔平さんの家族は、皆さん身長が高いようですね。

父親の徹さんや母親の加代子さんの父親まで高身長とは驚きですね。

以上が、二刀流で大活躍中のプロ野球選手、大谷翔平さんの母親特集でした。

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