松岡修造の父親は阪急東宝グループの社長?元テニスプレーヤー?両親の反対?

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松岡修造さんと言えば熱い男として有名な元テニスプレーヤーで現在はテニスの指導者をされています。

食事なども常に出来立ての状態のものを頂くそうです。くいしん坊!万才のリポーターとしても有名です。

松岡修造さんは、華麗な一族の出身でその家系はびっくりする経歴の方が多いです。

今回は、華麗なる一族で熱血テニスプレーヤーの松岡修造さんの父親に注目してみました。

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松岡修造の父親は阪急東宝グループの社長?元テニスプレーヤー?

松岡修造(まつおか・しゅうぞう)さんは、東京都出身の元男子プロテスト選手でテニス指導者です。

ウィンブルドン選手権での通算7勝は2015年に錦織圭選手に抜かれるまで日本人最多の記録でした。

松岡修造さんは阪急電鉄や宝塚歌劇団などの阪急東宝グループ創始者の小林一三(こばやし・いちぞう)さんの孫で、後に東宝第11代社長となる実業家の松岡功(まつおか・いさお)さんと元宝塚歌劇団星組男役スターであった千波静(ちなみ・しずか)さんとの間に3人姉弟の次男として生まれました。

松岡修造さんの父親の松岡修造さんは元テニス選手であり、甲南大学在籍時に全日本学生テニス選手権大会で単複優勝し、デビスカップ日本代表に選出されます。

1955年の全日本年間ランキングでは、宮城淳さんと加茂公成さんに次ぐ3位を記録する国内トップ選手の一人であったものの、家業を継ぐため大学卒業を機にテニスとの関わりを一切絶ち、自身のテニス選手としての過去を子供達にも全く話さなかった為、松岡修造さんはテニスを始めた当初は、父親がデビスカップ代表選手であったことを知らなかったそうです。

松岡功さんは、実業家として専念するためにテニス用具やトロフィーなどを全て処分して、テニスに対する未練を絶ち、テニスから一切足を洗ったそうです。

松岡功さんは現在は東宝名誉会長(元代表取締役会長)、日本アカデミー賞教会名誉会長、日本映画製作者連盟理事、阪急阪神ホールディングス取締役、フジ・メデイア・ホールディングス取締役、フジテレビ取締役、川喜多記念映画文化財団理事、公益法人UNIJAPAN理事会役員をされています。

松岡功さんは、ワンマンタイプの経営者が多い映画会では腰の低い紳士として知られています。

映画監督の若松孝二さんは、プロデュースしていた「戒厳令の夜」が出資元企業の倒産で中止の危機に陥った際、配給予定の東宝に援助を求めたことがありますが、その際に社長の松岡功さんが自らエレベーターホールに送り迎えしてくれたことに感嘆し著書に記しているそうです。

息子の松岡修造さんと自社のスター・沢口靖子さんが交際しているとの報道がなされた時は、取材の報道陣に対し「沢口は映画界のスター。あんなテニス選手と付き合っているわけがない」と、厳しい発言をしたことがあるそうです。

松岡修造さんの父親である松岡功さんの画像。

息子の松岡修造さんには厳しい父親のようですが、仕事上では謙虚な紳士のようです。

松岡修造さんがテニスの道に進むことに反対だったようですが、最終的には突き放すような感じで了承したようです。

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華麗な家系

熱すぎる男として有名な松岡修造さんですが、その家系はあまりにも華麗です。

松岡修造さんの曽祖父にあたる小林一三さんは、阪急電鉄の創業者です。

小林一三さんは、その業績の凄さに記念館が建っているほどの人物です。

阪急グループの創業者だけでなく、宝塚歌劇団の生みの親としても知られ、一代で地方財閥を築き上げた男の経営者魂は「熱い!」の一言です。

小林一三さんの有名な言葉として「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ!」というものがあるそうです。

松岡修造さんの母親の千波静の本名は松岡葆子(まつおか・しげこ)さんといいます。

元タカラジェンヌの男役の千波静さん。

千波静さんの姉である千波淳さん、妹である千波薫さんの三姉妹、及び千波薫さんの娘である千波ゆうさんも、すべて男役で宝塚歌劇団に所属していたそうです。

松岡修造さんの曽祖父が宝塚の創設者であるので、家系図を見ても宝塚出身の方が多いですね。

松岡修造さんの曽祖父である小林一三さんの画像。

曽祖父の小林一三さんもかなり「熱い男」だったようです。

松岡修造さんにもその熱き血が伝承されているのでしょうね。

両親の反対?

元テニスプレーヤーの松岡修造さんは、華麗な家系に生まれているので、本来ならお坊ちゃまとして何不自由のない生活を送ることもできました。

しかし両親の反対を押し切ってテニスプレーヤーになり、現在は熱い言葉を私達に投げかけてくれます。

松岡修造さんは慶應義塾幼稚舎に通っていたので、本来なら、そのまま慶應大学まで進むはずでした。

しかし高校時代に、テニスに集中するため柳川高等学校に転向し、その後、テニスの腕を磨くため、両親の反対を押し切って渡米します。

両親の反対を押し切ってテニスの道に進んだ松岡修造さんは、親からの援助を一切受けずに世界で戦っていました。

自分の道を突き進み、栄光を掴んだ松岡修造さんだからこそ、私達に熱い言葉で語りかけてくれるのでしょうね。

松岡修造さんの母親の千波静さんの画像。

松岡修造さんの整った顔立ちがあるのは、母親の影響も強いのかもしれませんね。

以上が、華麗なる一族で熱血テニスプレーヤーの松岡修造さんの父親特集でした。

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