丸川珠代の父親は医師?名前は征四郎?スキャンダル?ヤジ?夫は大塚拓?結婚?画像?

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元テレビ朝日のアナウンサーで、現在は自由民主党所属の参議院議員である丸川珠代さんが、ピンチに陥っているようです。

現在は参議院議員として活躍している丸川珠代さん。

福島第1原発事故の後の、除染に関しての発言が問題になっているようです。

丸川珠代環境相は、2月10日の衆院予算委員会で、東京電力福島第1原発事故の後、除染に関する長期努力目標として、国が「年間1ミリシーベルト」と定めたことに関し、「当時の環境相が相談もなく決めた」と発言したとされる2月7日の講演内容について、「記録を取っていない。あいまいな記憶で申し訳ない」と発言されました。

「当時の環境相」だった民主党の細野豪志政調会長が質問に立ち、丸川珠代さんの発言に厳しく反論しました。

「何の相談もなく」発言の撤回を要求しましたが、丸川珠代さんは撤回に応じず、釈明と逃げの答弁に終始したそうです。

環境相にもなると、自らの発言には細心の注意を払う必要がありそうです。

政治家による失言は多いですが、庶民の感覚からかけ離れた発言には驚いてしまいますね。

今回は、アナウンサーから参議院議員に転身された丸川珠代さんの父親に注目しました。

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丸川珠代の父親は医師?名前は征四郎?

丸川珠代(まるかわ たまよ)さんは、元テレビ朝日のアナウンサーで、現在は、自由民主党所属の参議院議員(2期)、環境大臣(第22代)、原子力防災担当大臣です。

丸川珠代さんといえば、6歳で医師の両親が離婚してしまい、女手ひとつで育てられました。

6歳で離婚して以来離れて暮らす実の父親とついに「対面」を果たしたのは2005年4月。

乗客107人が死亡し、562人が重軽傷を追ったJR福知山線脱線事故でした。

当時テレビ朝日のアナウンサーだった丸川珠代さんが、情報番組のスタッフルームで、みんなで事件の映像を注視していた時に、ふと「あっ!お父さんだ…..」とつぶやいたらしいです。

そこに映っていたのが、最多の113人の負傷者が運ばれた兵庫医科大学病院の救命救急センターの記者会見でした。

兵庫県西宮市にある兵庫医科大学病院の画像はこちら。

その救命救急センター部長こそ、丸川珠代さんの父親である征四郎さんだったらしいです。

丸川珠代さんが公にはあまり語らない生き別れた征四郎さんの名前。

征四郎さんは現在再婚して、いまも神戸市内に住み、大阪・医誠会病院の院長を務めています。

これまでも救命医療のプロとして、1995年の阪神・淡路大震災、2001年の大阪・附属池田小事件などで、数々の修羅場を経験。

現在はAED(自動体外式除細動器)の普及にも尽力されています。

AED(自動体外式除細動器)を、きちんと使用できる方は、まだ少ないのでは。

丸川珠代さんの父親は、お医者さんだったのですね。

しかも、激務と言われている救急医療に従事されているのですね。

きっと素晴らしいお医者さまなのでしょうね。

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スキャンダル?ヤジ?

2007年(平成19年)7月16日、期日前投票をしようと新宿区役所を訪れた際に、選挙人名簿に登録されておらず、同区での選挙権が無いことが判明してしまいます。

ニューヨーク市から帰国後、6回連続して投票に一度も行っていなかったことが、マスメディアで取り上げられました。

更に住民税の未納疑惑も持ち上がったが、給与の支払者(テレビ朝日)から特別徴収はされており、居住の実態があるため、新宿区に納付されていたと丸川事務所側は説明し、納税証明書を公開したそうです。

また、丸川珠代さんは、自民党が野党だった時代に、鳩山由紀夫首相(当時)をヤジで攻撃し、「自民党女ヤジ将軍」という不名誉なニックネームをつけられたりしました。

その後も、丸川珠代さんが発言する野次が、たびたびメディアに取り上げられ、自民党内のベテラン議員からも苦言を呈されているそうです。

他にも2010年3月25日、参議院厚生労働委員会にて与党・民主党が平成22年度における、子ども手当の支給に関する法律案を強行採決した際に、当時厚生労働委員会委員長だった柳田稔さんに対して、議場でヤジを絶叫したそうです。

「自民党女ヤジ将軍」とは、ずいぶんなニックネームですよね。

議場に入ると議論に集中しすぎて、ついつい熱が入ってしまうのでしょうか。

いずれにしてもベテラン議員から苦言を呈されているので、不評なのでしょう。

夫は大塚拓?結婚?画像?

丸川珠代さんの夫は、自由民主党所属の衆議院議員である大塚拓(おおつか たく)さんです。

丸川珠代さんの旦那様である衆議院議員の大塚拓さんの画像はこちら。

大塚拓さんは、慶應義塾幼稚舎から慶應義塾に通い、1993年3月、慶應義塾高等学校を卒業。

1993年4月、慶應義塾大学法学部政治学科に進学、1997年3月、同学科卒業。

1997年4月、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に就職されました。

2003年3月、同行を退職。米国留学の費用や父親の介護費用を捻出するため不動産経営を始める。

7月、渡米し、スタンフォード大学サマープログラムに参加する。

9月、ハーバード大学ケネディ行政大学院公共政策修士プログラム入学。

2005年6月、同修士号を取得して帰国。

2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙に比例東京ブロック単独で出馬して、初当選されます。

選挙の応援が縁で2008年6月16日、参議院議員の丸川珠代さんと結婚するに至りました。

議員同士の結婚というのは、なかなか珍しいのではないでしょうか。

2008年6月20日、清和政策研究会に丸川珠代さんと共に入会しました。

馴れ初めが選挙の応援というのが、凄いですね。

夫の大塚拓さんは、まさにエリートコースを歩んできたという人物ですね。

以上が、アナウンサーから参議院議員に転身された丸川珠代さんの父親特集でした。

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