清原和博の母親は病気?難病?病名は?アルツハイマー病?ホームラン?実家は岸和田?

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清原和博さんは、ゲッターズ飯田さんの占いでは監督に就任する可能性が高かったようです。

2016年1月7日放送の「バイキング」(フジテレビ系)に出演した際の、ゲッターズ飯田さんの占いが、大ハズレだったと話題を呼んでいます。

ゲッターズ飯田さんは、「清原和博さんは元々監督の星を持っている」と持ち上げ、「2017~2018年に監督の話が来ます」と占いました。

しかし、今回のこの占いは、どうやら完全にハズレてしまったようです。

高的中率で話題の占い師タレントであるゲッターズ飯田さん。

今回は、「番長」という愛称で親しまれ、野球評論家として活動していた清原和博さんの母親に注目してみました。

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清原和博の母親は病気?難病?

清原和博(きよはら がずひろ)さんは、大阪府岸和田市出身の元プロ野球選手(内野手)です。

プロ野球選手時代は、西武、巨人、オリックスに所属されていました。

13本塁打という、甲子園通算最多本塁打数記録保持者として有名です。

清原和博さんの実家は、電気店の東芝ストアーを経営していたそうです。

阪神ファンの父親以外の家族は、巨人ファンであり、その影響で自身も巨人ファンとして育ちました。

現在は削除されてしまいましたが、元プロ野球選手の清原和博さんは、2015年11月25日に始めたアメーバーブログで、認知症を患った母親とのやり取りなどの、知られざる一面を綴り、ファンから「泣けました」「切ない」と大きな反響が寄せられていました。

現在は削除されてしまったアメーバーの清原和博オフィシャルブログ。

ブログ内では、大阪府内の介護施設で暮らす母親について書かれた記事が多かったようです。

そして、記事内では、清原和博さんの母親は、アルツハイマーや難病で闘病中であることが明かされました。

病気や難病に苦しむ母親について、清原和博さんは赤裸々に綴っています。

2015年12月には、大阪へ帰った際の母親とのやり取りが詳細に明かされていました。

「和博やで会いにきたで…」と話しかけると、母親は「昼ご飯食べたんか?あんた1人なんか?」「1人でさびしないんか」と今の生活を案じてくれたようです。

しかし、症状が進んで息子の清原和博さんの離婚さえ忘れてしまっているためか、「あんたわたしの子か?」との言葉も飛び出したようです。

清原和博さんは、そんな母親の手を握りながら、涙を流したそうです。

そして、「お母さん、孫の顔も自由に見せてあげれなくなって、15歳で家を出てから心配かけてごめんなさい」という謝罪の言葉を綴っていました。

難病のお母さんに会って泣き「さみしい」「ごめんなさい」と弱さを見せる姿は「番長」の名で、数多くの武勇伝を残した現役時代から、随分変わったようにも見えます。

一方、ファンはそんな清原和博さんの姿に同情的なのか、コメント欄に「泣けました」「なんか涙を溢れるな」「切ないですね」との言葉が数多く寄せられていたそうです。

清原和博さんといえば、甲子園を沸かせた大スターでしたね。

プロ入り後も、桑田真澄さんとのKK対決などで、注目度抜群でした。

番長という愛称でしたが、プロ入りした時は爽やかで心優しい青年でした。

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病名は?アルツハイマー病?

清原和博さんの母親は、現在地元大阪の介護施設に、病気にて入院中のようです。

母親の病名は、アルツハイマーと、それ以外にも難病を患っているとのことです。

難病のほうの病名については、明らかにされていません。

清原和博さんの母親が闘病中のアルツハイマー病とは、アルツハイマー型認知症とも呼ばれ、認知機能低下、人格の変化を主な症状とする認知症の一種であり、認知症の60~70%を占めるそうです。

アルツハイマー病の症状は、記憶障害が起きたり、判断能力が低下したり、失認、失行など見当識障害が起きたりして、生活に支障が出てきます。

重症度が増し、高度になると摂食や着替え、意思疎通などもできなくなり、最終的には寝たきりになってしまうようです。

症状は徐々に進行する点が特徴的で、症状経過の途中で、被害妄想や幻覚が出現する場合もあるそうです。

アルツハイマー型認知症は、認知症の中で一番多いとされており、男性よりも女性に多く見られます。

また、脳血管性の認知症などの患者数が横ばいであるのに対して、どんどん増加の傾向があるとの報告もあるようです。

清原和博さんの母親は、アルツハイマー病や難病で闘病中なのですね。

症状もかなり進行してしまっていて、息子の清原和博さんのこともわからなくなってしまっているようです。

そんな母親への懺悔の気持ちをブログに綴った清原和博さんに、ファンからも同情の声が多数寄せられました。

ホームラン?実家は岸和田?

清原和博さんは、大晦日のテレビ番組で「母に捧げる最後のホームラン」と題して、プロで投手をしていた人達を相手に対決勝負をしたことがあります。

この対決により清原和博さんは、病気で闘病中の母親への感謝の気持ちを、ホームランで伝えたいと考えていたようです。

2013年の大晦日に生放送で立ち向かう挑戦を前に、岸和田の実家を訪れた清原和博さん。

車椅子に乗る母親と二人で思い出の場所を回りました。

清原和博さんの野球人生は、母親と共に歩んだといっても過言ではありません。

そして、いよいよホームラン対決の時がやってきました。

4人のピッチャー相手の勝負で、3人目の元近鉄の阿波野さんからホームランを打ちました。

息子が母親を想う強い気持ちが打たせたホームランだったのかもしれません。

難病と闘うお母さんも、自らに捧げられた最後のホームランには、感動したことでしょう。

清原和博さんには、二人の可愛い息子さんがいらっしゃいます。

清原和博さんといえば、ホームランがその代名詞でしたよね。

奥様と離婚してしまい、2人の息子となかなか会えない寂しい日々を送っていたようです。

以上が、「番長」という愛称で親しまれ、野球評論家として活動していた清原和博さんの母親特集でした。

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