大森南朋の父親は俳優の麿赤児?名前の由来は?舞踏集団?ゴールデンズ?画像は?

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2016年2月5日から、東京・三軒茶屋のシアタートラムで、赤堀雅秋(あかほり まさあき)さんの作・演出による舞台「同じ夢」が上演されます。

赤堀雅秋さんといえば、劇団THE SHAMPOO HATで、全作品の作・演出を担当していらっしゃいます。

2015年の10月には、吉高由里子さんの初舞台となる「大逆走」を手掛けたことで話題になりました。

今回上演される舞台「同じ夢」は、現代社会に鋭い視線を投げかける意欲作になるとのことです。

キャストは、光石研さん、麻生久美子さん、大森南朋さん、木下あかりさん、田中哲司さん、そして何と赤堀雅秋さん自らも、名を連ねていらっしゃいます。

今回は、いまや舞台や映画に欠かせない存在となっている大森南朋さんの父親に注目してみました。

大森南朋

本名   大森南朋(おおもり なお)
生年月日 1972年2月19日(43歳)
出身地  東京都
身長   178cm
血液型  A型
配偶者  小野ゆり子(2012年~)
事務所  アパッチ


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大森南朋の父親は俳優の麿赤児?

独特の雰囲気を持っていて、ドラマや映画で欠かせない存在となった俳優の大森南朋さん。

実は、大森南朋さんの父親も麿赤児(まろ あかじ)さんという、有名な俳優なのです。

麿赤児さんは、俳優としてだけでなく、舞踏家や演出家としても大活躍されています。

大森南朋さんの父親である俳優の麿赤児さんは、本名を大森宏さんといいます。

麿赤児さんは、1943年2月23日生まれで、現在72歳です。

麿赤児さんは、俳優としてだけでなく、舞踏家、演出家としても活躍していて、暗黒舞踏集団の大駱駝艦を主宰されています。

長男は映画監督の大森立嗣(おおもり たつし)さん、次男が俳優の大森南朋(おおもり なお)さんです。

麿赤児さんは、昭和18年2月23日、石川県金沢市で生まれました。

1歳の時、父親が太平洋戦争で戦死し、母親が精神を病んだため、小学5年生の時に、奈良県三輪山麓に住む、おじ夫婦に預けられました。

奈良県立畝傍(うねび)高等学校卒業後、早稲田大学文学部哲学科に進学するも中退。

山本安英さんに共感して、劇団「ぶどうの会」に参加しますが、劇団上部の政治的な議論に嫌気がさして劇団を離れます。

その後、舞踏家の土方巽さんに師事します。

1964年6月、唐十郎さんの劇団・状況劇場に参加し、唐さんが提唱する「特権的肉体論」を体現する役者として活動しました。

1970年、劇団を退団し、1972年には独自で舞踏集団・大駱駝艦を旗揚げ、主宰します。

海外公園も積極的に行い、舞踏を「BUTOH」として広めていらっしゃいます。

大森南朋さんの父親の麿赤児さんは、俳優として活躍されているだけでなく、舞踏家や演出家としても有名ですよね。

麿赤児さんは、72歳になった現在でも、お元気に自己を表現されています。

主宰されている舞踏集団の大駱駝艦は、海外での評価も高いようです。

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名前の由来は?舞踏集団?ゴールデンズ?

名前「赤児」の由来については、「寒い冬の日に便所で尻を拭いたら、切れ痔で紙が真っ赤っ赤だった。それを見てつけた」と語っています。

本人は「赤児」という芸名から「赤字」を連想させる為に、スポンサーの付くテレビドラマからお声が掛からないと、本気か冗談かわからない事を言っていたそうです。

また、それゆえ「青児」と名乗る事もあったようです。

大森南朋さんの父親である麿赤児さんは、唐十郎(からじゅうろう)さんの劇団で役者として活動していました。

唐十郎さんは、俳優の大鶴義丹(おおつる ぎたん)さんの父親です。

唐十郎さんは、劇作家、作家、演出家で、時には自らも俳優として出演し、「佐川君からの手紙」という小説では、芥川賞を受賞されました。

また、麿赤児さんは、舞踏集団である大駱駝艦(だいらくだかん)を旗揚げしました。

大駱駝鑑は日本の舞踏集団で、「ゴールデンズ」というユニットが行っている金粉ショーなどが有名です。

麿赤児の「赤児」が「赤字」を連想させるかもというエピソードは面白いですよね。

麿赤児さんが唐十郎さんの劇団で活躍されていたという話も有名です。

主宰する大駱駝鑑の「ゴールデンズ」というユニットの金粉ショーには、ほとんどの観覧者が度肝を抜かれてしまうというパフォーマンスをされているようです。

画像は?

麿赤児さんの長男は、映画監督の大森立嗣さんです。

大森立嗣さんの監督作品である映画「さよなら渓谷」は、モスクワ国際映画祭で、審査員特別賞を受賞しました。

また、第135回直木賞に輝いた三浦しをんさんの同名小説を、個性派俳優の瑛太さん&松田龍平さんの共演で映画化した「まほろ駅前多田便利軒」の監督も大森立嗣さんがされています。

「まほろ駅前多田便利軒」は、東京郊外の「まほろ市」で便利屋を営む男と、そこに転がり込んできた同級生のコンビが、さまざまな事件やワケありな依頼人たちの家庭事情に巻き込まれていく映画です。

麿赤児さんの長男の大森立嗣さんも、かなり才能のある映画監督のようです。

次男の大森南朋さんも、ドラマや映画で欠かせない役者の一人になっています。

以上が、独特の雰囲気を持った俳優・大森南朋さんの父親、麿赤児さんの特集でした。

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