福原愛と父親の絶縁理由は?確執?秋田?温泉?週刊新潮?錦織圭?デート報道?

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日用品、医薬品、食品などの事業を行うクラシエ(Kracie)は、2016年1月14日に、卓球選手の福原愛さんと、スポンサー契約を締結しました。

今回の契約により、福原愛さんは、2016年に国内で開催される試合に、「Kracie」ロゴ入りウェアを着用して出場されます。

クラシエ社は、親しみやすいキャラクターと実力を兼ね備えた福原愛さんの暮らしの「たいせつなこと」をクローズアップ。

福原愛さんの姿を通じて、人々にとっての「たいせつなこと」をどのように大切にしたいと考えているかを広く伝えていくようです。

福原愛

本名   福原愛(ふくはら あい)
生年月日 1988年11月1日(27歳)
出身地  宮城県仙台市
血液型  B型
所属   全日本空輸(ANA)


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福原愛と父親の絶縁理由は?

「天才卓球少女」「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれ、国民的アイドルとなった卓球の福原愛選手ですが、そんな彼女にも、故人である父親と絶縁関係だったという暗い過去があるようです。

国民的アイドル、天才卓球少女愛ちゃん。

福原愛さんと父親である福原武彦さんが絶縁してしまった理由は、何だったのでしょう。

福原愛さんと父親である福原武彦さんの絶縁関係がバレてしまったのは、父親の福原武彦さんが急逝してしまった時のことでした。

2013年10月16日、卓球の「愛ちゃん」こと福原愛さんがマネジメント事務所を通じて出した、父・福原武彦さん逝去に関するFAXの中身は、驚愕すべき内容でした。

そのFAXによると、福原愛さんと福原武彦さんは、2008年の終わり頃を最後に、一度も会っていない状態だったそうです。

そして、それ以降は、電話やメールでのやり取りも、一度もない関係となりました。

父親の福原武彦さんの死去が公表されたのは、都内で開かれた2014年春の世界卓球選手権団体戦の記者会見後のことでした。

会見での福原愛さんは、卓球以外のことについては一切語らず、一方的にコメントを送っただけでした。

福原愛さんにしてみれば、父親との関係について、よっぽど触れられたくなかったようです。

10代前半の多感な時期から、常に父親との関係に悩まされてきただけに、関係者にとっても親子関係については、ある種のタブーだったようです。

いつもの笑顔の福原愛さんに、父親との確執があったとは驚きですよね。

しかも、完全に絶縁状態だったようです。

父娘の間に果たして何があったのか、解き明かしていきたいと思います。

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確執?秋田?温泉?

福原愛さんと父親の福原武彦さんの間にあった確執とは、どのようなものだったのでしょうか。

福原愛さんの父親である福原武彦さんが亡くなったのは、卓球の東アジア競技会期間中の2013年10月6日のことでした。

秋田県の病院で肝臓ガンで闘病していた福原武彦さんは、娘に看取られることなく、この世を去りました。

そもそも福原父子の冷えきった関係が露呈したのは2004年。

この年5月、福原愛さんは弱冠15歳にして、アテネ五輪の出場を決めましたが、時をほぼ同じくして福原家に「異変」が起きていたのです。

福原武彦さんは、1990年から建設会社を営んでいました。

代表は、妻の福原千代さんが務めていましたが、経営はうまくいかなかったようです。

事業に絡んだ連帯保証によって1億4000万円もの負債を抱えてしまったそうで、結局、家族の知らないうちに金額が膨れ上がってしまいました。

負債の原因は福原武彦さんが、会社のお金を使い込んだからとの噂もありました。

しかしながら、福原愛さんの卓球選手としての成長は、父親の武彦さんの存在抜きに語ることはできません。

福原愛さんの競技生活を支えたのが、父親の武彦さんでした。

練習環境を整えるために仙台、大阪、青森などに拠点を移し、専用卓球場も所有。

卓球王国である中国出身のコーチも招くなど、自営業とはいえ資金の捻出が容易でないことは想像ができました。

借金報道があった時は「そういうことだったのか」と、世間から思われました。

その後、福原愛さんは、明石家さんまさんとの勝負に負けて泣いてしまう、けなげな姿などが茶の間の人気を集め、一躍国民的アイドルに成長します。

CM出演料は、卓球選手としては破格の、1本3000万円とも言われたほどでした。

バラエティー番組に出すぎの感もありましたが、父親の借金という理由があったのでしょう。

しかし、福原愛さんが、いくら稼いでも会社の経営は好転せず、結局は倒産の憂き目に。

その頃から債権者による督促も相次ぐようになったそうです。

債権が第三者に譲渡されるようなことになれば、福原愛さんの稼いだお金が差し押さえられるような事態も考えられました。

離婚も家族に迷惑がかからぬようにするための偽装だったようです。

離婚によって福原武彦さんは、個人として負債を背負いました。

そのうえで自己破産することによって借金を帳消しにし、家族を守った。

そうするしか選択の余地がなかったのでしょう。

この借金問題は、2008年に再び取りざたされることになります。

中国のテレビ番組に出演した福原愛さんが、中国人インタビュアーに「家族全員の稼ぎを担っているそうですが、大変ですか」という質問を受けて泣き出してしまったこともありました。

そこで家族が案じて、以降は長男の福原秀行さんが、マネジメントを担当するようになりました。

福原愛さんの父親である福原武彦さんは晩年、秋田県湯沢市の温泉関連会社で役員を務めて、平穏な日々を送っていたといいます。

はたして福原愛さんの口から「不肖の父」への真の思いが語られる日は来るのでしょうか。

福原愛さんの父親は、娘に卓球の英才教育を受けさせるため、金策が大変だったようです。

娘の福原愛さんにも、その時の苦労は伝わっているようです。

という事は、父娘の確執の原因は、父親の借金ではない可能性もでてきました。

週刊新潮?錦織圭?デート報道?

2008年の週刊新潮の記事によると、福原愛さんの父親である福原武彦さんは、1990年から建設会社「福原産業」を経営していましたが、なかなか経営がうまくいかず、かなりの額の借金があったようです。

そして、その後も事業は失敗続きで、借金は増え続け2002年頃には、倒産してしまいます。

そして届いた督促状には、1億4000万の借金が記載されていました。

その後、2004年には福原愛さんの両親は、離婚が成立しています。

その離婚の理由は、福原愛さんが稼いだお金を守るための偽装結婚だと言われています。

あくまでも週刊新潮の記事なので、真偽は不確かですが、両親が離婚したにもかかわらず、2kmしか離れていない場所に福原武彦さんが住んでいた理由の説明がつくのではないのでしょうか。

福原愛さんと父親の福原武彦さんの確執の原因は、武彦さんの借金と言われていますが、一方で、確執の原因は、錦織圭(にしこり けい)さんとの交際にあったのではないかとも言われています。

週刊誌などの報道では、遠距離恋愛の宿命で2008年11月のデート報道から4ヵ月で、福原愛さんと錦織圭さんは、別れてしまったそうです。

衝撃的だった福原愛さんと錦織圭さんのデート報道。

福原愛さんと福原武彦さんが確執から絶縁状態になってしまったのも、2008年の終わり頃。

デート発覚から父親との絶縁、そして破局。

噂では錦織圭選手の両親から結婚の猛反対にあったという話もありますが、福原愛さんの父親である福原武彦さんも、結婚に反対していたのではないでしょうか。

実際にどうだったのかは、当人同士にしかわかりませんが、福原愛さんには、父親への愛憎を乗り越え、新たなステージへ挑戦し続けてもらいたいものです。

卓球の福原愛さんとテニスの錦織圭さんの交際は衝撃的でしたね。

スーパースターの結婚には、いろいろと障害があるのかもしれません。

以上が、国民的アイドルである福原愛さんの父親特集でした。

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